猩猩
猩猩、猩々(しょうじょう)とは、古典書物に記された架空の動物。
各種芸能で題材にもなっており、特に能の演目である五番目物の曲名『猩猩』が有名である。真っ赤な能装束で飾った猩々が、酒に浮かれながら舞い謡い、能の印象から転じて大酒家や赤色のものを指すこともある。
仏教の古典書物や中国の古典書物にも登場するが、中国では黄色の毛の生き物や豚と伝わるなど多岐に富み、現代日本で定着している猩々の印象とは相違もあるため注意が必要である。
概説
仏教では、『十誦律』1巻で動物を二足・四足・多足・無足・と種類分けをしているが、鳥と猩々と人を二足歩行と定め、19巻においては、猩々や猿を孔雀・鸚鵡(オウム)などの諸々の鳥と一緒に、同じ分類に属すとしている。
日本でも猿を二足の観点から、古くは木の実を取る「このみどり」、高く声上げる様を呼んでいると「呼子鳥」(よぶこどり)と、鳥類のように呼び表すことがあった。
中国の『礼記』には、「鸚鵡は能く言して飛鳥を離れず、猩々は能く言して禽獣を離れず」(鸚鵡能言、不離飛鳥、猩猩能言、不離禽獣)とあり、猩々は人の言葉が分ると記している。『唐国史補』では猩々は酒と屐(はきもの)を好み、それを使って猩々を誘い捕らえることに成功したという。
『本草綱目』の明朝の時代になると、記載は多くなり「交趾の熱国に住み、毛色は黄色で声は子供のようだが、時に犬が吼えるように振る舞い、人の言葉を理解し、人の顔や足を持ち、酒を好む動物」とされている。
毛色の色や棲んでいるとされる地域など伝承の違いがあるものの、日本の猩々への印象と大まかに共通している。しかし、中国の書物に記される猩々は、空想的な要素が強調され、一説では豚に似ている、あるいは犬に似ているなど、姿や特徴に幅があり多様な生き物となっている
能
猩々 作者(年代) 不明 形式 複式現在能 能柄<上演時の分類> 五番目物 現行上演流派 観世・宝生・金春・金剛・喜多 異称 なし シテ<主人公> 猩々 その他おもな登場人物 高風 季節 秋九月 場所 唐土の潯陽の江 本説<典拠となる作品> 不明 能 このテンプレートの使い方はこちら あらすじ
能の『猩々』のあらすじは以下のとおりである。
むかし、潯陽江(揚子江)の傍らにある金山に、親孝行者の高風(こうふう)(ワキ)という男が住んでいた。高風は市場で酒を売れば多くの富を得るだろうという、神妙な夢を見てお告げに従い市場で酒を売り始める。
酒売りは順調に進んだが、毎日高風の店に買いに来る客の中に、いくら飲んでも顔色が変わらず、酒に酔う様子がない者がいた。不思議に思った高風が名前を尋ねると、自分は猩々と言う海中に住む者だと答えて立ち去る(中入り)。
そこで高風は美しい月夜の晩、川辺で酒を用意し猩々を待っていると、水中の波間より猩々が現れる(後シテ)。共に酒を酌み交わし、舞を舞い踊り(中之舞、又は猩々乱(みだれ))、やがて猩々は高風の徳を褒め、泉のように尽きる事のない酒壷を与えて帰ってゆくのであった。
舞踊の解説
古くは猩々が素性を明かす所までを、前場で演じていた。しかしめでたい内容のことから、1日の最後に祝言能として前場を略した半能形式で上演されることが多く、現在では観世流などいくつかの流儀において、半能形式の後場だけで一曲となっている。
後シテが一人で舞うのが常の型だが、「双之舞」(観世・金春)、「和合」(宝生)、「和合之舞」(金剛)、「二人乱」(喜多)などの小書がつくと、シテとツレの二人の猩々を出し、連舞になる。「置壺」(観世・金剛)、「壺出」(喜多)の小書では、正先の壷から柄杓で酒を酌む型が加わる。
舞は中之舞が常であるが、実際にはこれで演じられることは少年の初シテなどの特殊な場合をのぞけばほとんどなく、乱の小書つきに変る(その場合、曲名を「猩々乱乱特有の囃子と舞」もしくは「乱」とする)。乱は「猩々」と「鷺」にしかない特殊な舞で、中之舞の中央部分に乱特有の囃子と舞を挿入するかたちになっている。水上をすべるように動く猩々の様を見せるために足拍子を踏まず、ヌキ足、乱レ足、流レ足といった特殊な足使いをし、さらに上半身を深く沈めたり、頭を振るしぐさが加わる。能において爪先立ちして舞を舞うのは、乱の流レ足くらいにしか見られない特殊な例である。このため、乱は能楽師の修行の過程において、重要な階梯であると考えられ、初演を披きとして重く扱う。通常は「道成寺」の前に披くことが多い。
能装束の解説
出立は赤頭(赤髪)、赤地の唐織、緋色の大口(または半切)で、足袋以外はことごとく赤色である。頭については、通常の赤頭は白毛を一筋加えたものを用いるが、「猩々」と「石橋」に限って赤毛のみの頭を使うとされている。面は猩々という専用の面。顔に赤い彩色をほどこし、目元と口元に笑みをうかべている。慈童で代用することもあるが一般的ではない。
民俗芸能
特に日本では、各種の説話や芸能によってさまざまなイメージが付託されて現在に及んでいる。 しかし、伝説のため、さまざまな説がある。七福神の一人として寿老人の代わりに入れられた時代もある。
地方色
宮城県、岩手県、山梨県、富山県、兵庫県、和歌山県、鳥取県、山口県など各地の伝説や昔話に登場する。江戸中期に甲府勤番士の著した地誌書『裏見寒話』では、山梨県の西地蔵岳で猟師が猩猩に遭って銃で撃った話があるが、そのほかの地域では猩猩はほとんど海に現れている。
富山県の氷見市や新湊市(現・射水市)の海に現れるという猩猩は、身長1メートルほどで、船に上がってきて舳先に腰をかけるという。ときには6、7匹も乗り込んでくるが、船乗りが驚いて騒いだりすると猩猩は船をひっくり返してしまうため、船乗りは黙って船底に打ち伏したという。
山口県周防大島でいう猩猩は船幽霊のように語られており、船に対して海底から「樽をくれ」と声をかけ、樽を投げ込まないと祟りがあるが、樽を投げ入れると船に水を入れられて沈められてしまうため、樽の底を抜いて投げ込んでやるという。
猩々祭り
愛知県の名古屋市緑区を中心とする地域の祭礼には、猩猩が祭りに欠かせない。
猩々祭りは旧東海道鳴海宿を中心とした地域で行われる。猩々人形が子供達を追いかけ、大きな赤い手でお尻を叩こうとする。叩かれた子は夏病にかからないという。最近はお尻を叩かず、頭を撫でる。猩々人形は赤い顔の面と上半身分の竹枠組みで出来ておりその上から衣装で覆う。大人がこれをかぶると身長2メートル以上の巨人となる。
生物の漢名・和名として
オランウータンの漢名としても使われたのに合わせてチンパンジーの和名は黒猩猩(くろしょうじょう)、ゴリラの和名は大猩猩(おおしょうじょう)とされた。これらは日本でも使われることがあった。
また、ショウジョウバエは、酒に誘引される性質から猩猩になぞらえて名づけられた。他にも赤みの強い色彩を持つ生物には、しばしばショウジョウ……の名が付されることがある。
ショウジョウバエ
ショウジョウバエ(猩猩蠅)はハエ目(双翅目)・ショウジョウバエ科 (Drosophilidae) に属するハエの総称である。科学の分野ではその1種であるキイロショウジョウバエ (Drosophila melanogaster) のことをこう呼ぶことが多い。この種に関しては非常に多くの分野での研究が行われた。
生態
ショウジョウバエ科には3,000を超える種が記載されている。
ショウジョウバエ属
ショウジョウバエ属は17亜属に分類され、日本には7亜属が生息する。多くの種は体長3mm前後と小さく、自然界では熟した果物類や樹液およびそこに生育する天然の酵母を食料とする。酵母は果実や樹液を代謝しアルコール発酵を行うため、ショウジョウバエは酒や酢に誘引されると考えられる。大半の種は糞便や腐敗動物質といったタイプの汚物には接触しないため、病原菌の媒体になることはない。
名称
ショウジョウバエの和名は、代表的な種が赤い目を持つことや酒に好んで集まることから、顔の赤い酒飲みの妖怪「猩々」にちなんで名付けられた。日本では一般には俗にコバエ(小蝿)やスバエ(酢蝿)などとも呼ばれる。学名の Drosophila は「湿気・露を好む」というギリシャ語 δροσος(drosos) + φιλα (phila) にちなむ。これはドイツ語での通称が「露バエ」を意味する Taufliegen (Tau + Fliegen) であることによる。英語では俗に fruit fly (果実蝿)、 vinegar fly (酢蝿)、 wine fly (ワイン蝿)などと呼ばれる。
ショウジョウバエ属の分類
ショウジョウバエ属は17亜属に分類され、日本には7亜属が生息する。以下に日本で見られるものについて示す。スターティヴァントは亜属を Drosophila のアナグラムで命名した。
- ショウジョウバエ属 Drosophila Fallen
- マメジョウバエ亜属 Scaptodrosophila 10種
- ニセオトヒメショウジョウバエ亜属 Psilodorha 1種
- フサショウジョウバエ亜属 Hirtodrosophila 32種
- ニセヒメショウジョウバエ亜属 Lordiphosa 8種
- シマショウジョウバエ亜属 Sophophora Sturtevant 28種
- ウスグロショウジョウバエ種群 D. obscura sp. group
- ウスグロショウジョウバエ D. obscura
- キイロショウジョウバエ種群 D. melanogaster sp. group
- キイロショウジョウバエ D. melanogaster
- オナジショウジョウバエ D. simulans
- ショウジョウバエ亜属 Drosophila Fallen 38種
- ヒョウモンショウジョウバエ亜属 Dorsilopha Sturtevant 1種
キイロショウジョウバエ
キイロショウジョウバエ(黄色猩々蝿)は、ハエ目(双翅目)・ショウジョウバエ科の昆虫である。生物学のさまざまな分野でモデル生物として用いられ、多くの発見がなされた。特に遺伝学的解析に優れた性質をもつ。単にショウジョウバエといえば本種を指すことも多い。
生態と分布
キイロショウジョウバエは体長3mm前後と小さく、自然界では熟した果物類や樹液およびそこに生育する天然の酵母を食料とする。酵母は果実や樹液を代謝しアルコール発酵を行うため、ショウジョウバエは酒や酢に誘引されると考えられる。糞便や腐敗動物質といったタイプの汚物には接触しないため、病原菌の媒体になることはない。この種はアフリカ中央部に起源を持ち、現在では世界各地の暖かい地域で見られる。寒い地域でも夏場だけ移動してきたり、暖かい場所で冬を越したりする。冬眠することはない。
日本では野外や人家(主に台所など食品がある場所)で普通に見られる。俗に「コバエ」とも呼ばれ、身近に見られることや、後述の生物学的な特性から小学校でのバナナなどの果物を使って捕獲する実験に始まり、大学の生物学や遺伝学での実験まで広く利用されている。 一方、大量に発生すると不快感を感じさせるため、誘引して殺すための殺虫剤が入ったトラップ器具が大手殺虫剤メーカから発売されている。
モデル生物としての生物学的特性
キイロショウジョウバエのモデル生物としての利点は以下のことが挙げられる。
- 飼育の容易さ: 小さい体、短い生活環、多産、特殊なエサは不要。そのため狭い容器内に多数を飼うことができ、短期間で世代をまたいで観察が可能。
- 遺伝的特性: 小さいゲノムサイズ。染色体が少ない(四対)。遺伝子の重複が少ない。
- 遺伝学的知見・技術の蓄積。
- 細胞学的、発生学的記載の蓄積。
研究室での飼育
ショウジョウバエの世代間隔は10日(25℃)。寿命は2か月。一匹のメスは、1日に50個前後の卵を産むことができる。体長2〜3 mm。研究室では、成虫・幼虫ともに乾燥酵母、コーンミール、蔗糖などを寒天で固めたエサで飼育される(写真)。
発生の概略
ショウジョウバエは胚期、幼虫期、蛹期、成虫期の4つの発生段階をもつ完全変態昆虫である。幼虫期には2回脱皮を行い、それぞれ一齢幼虫、二齢幼虫、三齢幼虫と呼ばれる。25℃で飼育すると、胚期: 一日、一齢幼虫期: 一日、二齢幼虫期: 一日、三齢幼虫期: 二日、蛹期: 五日を経て成虫になる。
卵には細胞核や栄養だけでなく、様々な遺伝子産物が母親から供給されている。これらの遺伝子産物には卵の中で片寄って存在しているものがあり、この偏りが胚内での位置情報となり、体軸や生殖細胞の形成などに重要な役割をもつ。受精核は分裂して細胞表層に移行し、表割を行う。極初期に決定された位置情報を元にシグナル伝達などを介した形態形成が速やかに進行する。幼虫期の脱皮・変態は幼若ホルモンやエクジソンによって制御されている。幼虫の体内には将来成虫の体を形成する成虫原基という組織がある。成虫原基は三齢幼虫後期に増殖・分化し始め、蛹の間に成虫の体を形作る。
染色体・ゲノム
四対の染色体があり、性染色体を第一染色体として、常染色体を第二、第三、第四染色体と呼ぶ。性染色体はヒトと同じ XY 型だが性決定機構は異なる。Y 染色体と第四染色体は非常に短いため、しばしば無視される。幼虫の唾液腺の染色体は核分裂を伴わずにDNA複製を繰り返し、多糸化するため非常に巨大になる。この唾液腺染色体に見られるバンドパターンは詳細に記載され、組み換え価との比較から細胞学的遺伝子地図が作成された。ゲノムサイズは1.65x108塩基対、おおよそ14,000の遺伝子があると推測されている。2000年には(ほぼ)すべてのゲノム塩基配列が解読された。多細胞生物としては線虫に次いで二番目(ゲノムプロジェクト)。
ヒトの病気の原因として知られている遺伝子の61%がショウジョウバエにもあり、遺伝的にはヒトとショウジョウバエは非常に似ているということができる。パーキンソン病やハンチントン病などのヒト疾患の病理メカニズムを解明するためのモデルとしても注目されている。
行動・神経・脳
成虫は正の走光性と負の走地性をもつ。さらに分子解剖学的に脳の神経回路を全て記述する試みがなされている。交尾はショウジョウバエで最も詳しく観察された行動であり、性決定などに関する研究がある。夜(暗期)には哺乳類の睡眠に類似した行動を示す。これはサーカディアンリズム(概日周期)を刻み、この周期が変化する変異体も得られている。さらに、1970年代後半から始まった研究により、ショウジョウバエは記憶や学習といった行動を示すことが明らかとなった。その後の、遺伝学的な解析から様々な記憶・学習に関係する遺伝子が同定され、近年では蛍光タンパクなどを用いた記憶や学習を司る脳の回路解析が行われている。また、アルツハイマー病やパーキンソン病などのモデル動物も作成され、脳機能解析における実験動物として有用視されている。
ショウジョウバエ研究史
ショウジョウバエ研究は一世紀にわたる歴史を持つ。初期は遺伝学の材料として、現在では主に発生生物学のモデル生物として用いられている。遺伝子に関連した部分での動物の発生における多くの知見は、ショウジョウバエ研究で最初に明らかにされてきた。
古典遺伝学の時代
ショウジョウバエが生物学の材料として登場するのは、1901年、当時ハーバード大学にいたC.W.ウッドワースが大量飼育し、W.E. キャッスルに遺伝学の材料として薦めたのが最初と言われる。遺伝学の研究材料として有名にしたのはT.H. モーガンとその一派(C.B. ブリッジス、A.H. スターティヴァント、H.J. マラーら)。彼等は1908年からショウジョウバエを用いはじめ、1910年には最初の突然変異体、white(白眼)を発見した。さらに、変異体と異常染色体の関連を観察し、遺伝子が染色体上に存在することを証明(三点交雑法により、染色体上の遺伝子の配列を表した連鎖地図を作成)し、染色体説を実証した。この業績によりモーガンは1933年にノーベル生理学・医学賞を受賞。
遺伝学研究では突然変異体を用いるのが常法だが、自然状態で突然変異が起こる確率は非常に低く、発見が困難だった。この問題はH.J.マラーの研究によって解消される。マラーは、ショウジョウバエにX線を照射すると、表現型に遺伝的な影響を及ぼすことを発見し、これがX線による遺伝子突然変異(人為突然変異)であることを明らかにした(1927年)。この業績により彼は1946年にノーベル生理学・医学賞を受賞している。以降、多数の突然変異体系統や異常染色体系統が樹立された。
このようにして古典遺伝学は隆盛を見る。しかしここまでの遺伝学では表現型の観察は主に成虫を用いており、発生に関する知見は乏しかった。
ホメオボックスの発見
動物発生学では主に胚を研究材料としていた。観察や実験操作の容易さから大きな卵を持つカエルやウニが用いられることが多く、ショウジョウバエの胚は小さく、不透明な卵殻を持っているため発生学には向かないとされていた。また昆虫の発生はヒトとは全く異なるため、研究する意義が低いと考えられていた。しかし顕微鏡や観察技術、分子生物学の発展にともないホメオボックスが発見されるに至ると、ショウジョウバエで培われた遺伝学は発生学と融合することになる。
ホメオボックスはホメオティック変異の研究から発見された。ホメオティック変異 (homeotic mutation) とはある組織や器官が別の組織や器官になるという変異である。ショウジョウバエで初めてのホメオティック変異 bx (bithorax) はモーガン研究室のブリッジスによって1915年に発見されていた。bx 変異体の組み合わせによっては胸部第三節が第二節に変化し、四対の翅をもつようになる。モーガンの孫弟子にあたる E.B. ルイスは多数の bx 変異を作成し、この変異表現型が BX 遺伝子群によって引き起こされるという説を発表した(1978年)。
この間に遺伝子発現の定義が分子生物学によってなされ、ショウジョウバエでも遺伝子クローニングや遺伝子導入といった分子生物学的手法が導入された。また小さな胚を扱うための顕微鏡や観察技術も発展した。さらに幸運なことに1976年にはP因子と呼ばれるトランスポゾンが発見され、1982年頃からはそれまで細菌や酵母でしか行えなかった遺伝子導入が比較的容易に行えるようになった。以降P因子を用いた様々な技術が開発されている。
分子生物学的手法を用いて、1983年から84年にかけて、W.J. ゲーリングらと T. カウフマンらによってホメオティック変異の原因遺伝子が独立にクローニングされた。塩基配列を決定したところホメオティック遺伝子には 180 bp (60 aa) の共通した配列があり、ホメオボックスと名付けられた。驚くことに、ホメオボックスを持つ遺伝子はショウジョウバエだけでなく、ヒトから線虫、植物、酵母など真核生物に広く存在していることが明らかになった。生物は発生のような複雑な現象においても、基本的には共通の系を使っていたのである。このことは線虫を始め、他のモデル生物研究を加速させた。
1980年代、C. ニュスライン-フォルハルトとE.F. ウィーシャウスは大量の突然変異系統を樹立し、ショウジョウバエ胚の体節形成に注目した表現型の観察を行った。彼等は胚におけるタンパク質の濃度勾配が体節形成に重要であることを明らかにし、この研究でホメオティック遺伝子の発現機構が解明された。
このように発生を遺伝子の言葉で説明することができるようになり、発生学と遺伝学は統合された。このことは1995年に「初期胚発生の遺伝的制御に関する発見」により E.B. ルイス、ニュスライン-フォルハルト、ウィーシャウスらがノーベル生理学・医学賞を受賞していることに象徴される。発生学の分野では1935年のハンス・シュペーマンの受賞から60年後のことである。
ゲノムプロジェクト以降
ゲノムプロジェクトによるゲノム解読終了は、分子生物学的研究をさらに発展させることになる。また比較ゲノム学的な観点から、進化の研究も行いやすくなった。キイロショウジョウバエのいくつかの近縁種でもゲノムプロジェクトが進行中である。
生態学
1920年にアメリカのパールは人口統計学の基礎研究としてショウジョウバエの個体群成長について実験を行い、ロジスティック曲線を提唱した。また、これにかかわって密度効果を見いだした。ただし、それ以降の研究では使われることが少なくなった。これは、寒天培地などの餌がこの分野でのより詳細な分析には向かなかった(たとえば培養中に虫のみを選りだして別の培地に移すなどの操作が困難)ためで、コクヌストモドキ等がそれ以降は使われた。
ショウジョウバエの遺伝子名
遺伝子の命名法は生物種によって多少異なる。ここではショウジョウバエについて紹介する。
突然変異の解析から同定された遺伝子は、最初に得られた変異体の表現型にちなんだ命名をされる。この場合、遺伝子はその機能と逆の名前がつけられる。遺伝子名は斜体で表記し、劣性変異は小文字で、優性変異は大文字で始める。近年は、ほ乳類などで解析が進んでいたものをショウジョウバエでも逆遺伝学的に研究する例も増え、その場合はしばしば D. melanogaster の省略である d や D、Dm を遺伝子名の前につけることが、かつてあった。論文等における発表では、このような表記が使われることはあるが、事実上の標準であるFlyBaseに登録されるとき、こうした接頭語は冗長であるとの理由により修正される。通常、遺伝子名は遺伝子記号と呼ばれる略称で表記される。初期に発見された遺伝子は一文字や二文字(例えば white は w)だったが、近年では三文字以上を用いる。
例)遺伝子名(遺伝子記号)- 備考
- white (w) - 白眼変異体の原因遺伝子。劣性変異。
- yellow(y) - 体や羽が黄色の変異体になる原因遺伝子。いわゆるアルビノ。
- ebony(e) - 体や羽が黒色の変異体になる原因遺伝子。ヘテロ接合体は野生型よりも黒い。
- Curly(Cy) -羽が体から離れるようにカーブする変異体になる原因遺伝子。
- Antennapedia (Antp) - 触角 (antenna) が脚 (pedia) になる優性のホメオティック変異の原因遺伝子。
- p53 - ほ乳類の癌抑制遺伝子p53 のショウジョウバエ相同遺伝子。
ショウジョウバエ研究者はウィットを利かせた(ときとしてダジャレのような)遺伝子名を付ける伝統を持つ。例えば musashi(毛が二本になる→二刀流の宮本武蔵)、
satori(オスが交尾をしない→悟りの境地)、
hamlet(神経になるべきかならざるべきか→シェークスピアの戯曲「ハムレット」)など。
他生物種の研究者の中にはこのような習慣に否定的な意見をもつ人もおり、Nature 誌で議論がなされたことがあったが、ショウジョウバエ研究者は概ねこの伝統を誇りにしているようである。
『生き物でも人間でもないもの連れて来た!』(╹︿╹o)ノ