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Q地図 blog “宇宙は親父ギャグで出来ているかもw”

主にwikipediaを楽しんだりしますヾ(╹◡╹o)ノ

ゲブとヌとゲンブ

ゲブ

ゲブとヌト。

ゲブGeb)は、古代エジプト神話ヘリオポリス神話では大気の神シューと湿気の神テフヌトの息子。妹でもある妻、空の神ヌートとの間に、オシリスイシスセトネフティスをもうける。妻のヌートと抱き合っている所を無理矢理シューによって引き離され、天と地とが分かれたとされる。この神話はエジプト神話の中でも特に有名で、横たわったゲブの上にシューが立ち、ヌートを支える図像はよく知られている。

地震との関連

古代エジプトでは、ゲブが笑った(くしゃみとも)ところが地震と考えていた模様。

ゲブ - Wikipedia

ヌト

ヌト(Nut, Nuit)は、古代エジプト神話天空神。日本語ではヌウトヌートとも表記される。ヘリオポリス神話では大気の神シュー湿気の神テフヌトの娘。兄でもある夫、大地の神ゲブとの間に、オシリスイシスセトネフティスをもうける。夫のゲブと抱き合っている所を無理矢理シューによって引き離され、天と地とが分かれたとされる。指先と足先とで大地(ゲブ)にふれ、弓なりになった腹部に星が輝き(天の川)、シュー(大気)がこれを支える。ラーの聖船が従来することもある。再生を司るイメージから、葬送の女神ともされる。この神話はエジプト神話の中でも特に有名で、横たわったゲブの上にシューが立ち、ヌトを支える図像はよく知られている。

ヌト - Wikipedia

玄武

玄武(げんぶ、拼音: xuánwŭ ショワンウー)は、中国四象の「太陰(老陰)」、四神の一つ、霊獣。北の星宿の神格化。玄天上帝ともいう。宋代には避諱のため、真武と改名されている。清代には北極佑聖真君に封じられている。上帝翁上帝公などとも呼ばれる。福建省では黒虎(こっこ)に置き換わっている。

玄武は、北方を守護する、水神。「玄」は「」を意味し、黒は五行説では「北方」の色とされ、「水」を表す。

の長いが巻き付いた形で描かれることが多い(尾が蛇となっている場合もある)。ただし玄天上帝としては黒服の男性に描かれる。

古代中国において、は「長寿と不死」の象徴、は「生殖と繁殖」の象徴で、後漢末の魏伯陽は「周易参同契」で、玄武の亀と蛇の合わさった姿を、「玄武は亀蛇、共に寄り添い、もって牡牝となし、後につがいとなる」と、陰陽が合わさる様子に例えている。

「玄武」の本来の表記は(発音は同じ)「玄冥」(「冥」は「陰」を意味し、玄武は「太陰」とされた)であり、(北方の神である)玄武は、(北にある)冥界と現世を往来して、冥界にて(亀卜=亀甲占いの)神託を受け現世にその答えを持ち帰ることが出来ると信じられた。

「玄武」の「武」は、玄武の「武神」としての神性に由来し、後漢蔡邕は「北方の玄武、甲殻類の長である」と述べ、北宋洪興祖は「武という亀蛇は、北方にいる。故に玄と言う。身体には鱗と甲羅があり故に武という」と述べた。玄武の武神としての神性は、信仰を得られず、宋以降には伝わらなかった。

中国天文学では、周天を天の赤道帯に沿って4分割した1つで、北方七宿の総称。北方七宿の形をつなげてのからみついたの姿に象った。

奈良県明日香村キトラ古墳の石室内の北側壁にも玄武が描かれている。

俳句において季語である「冬帝」・「玄帝」と同義であり、冬(北・玄)の象徴である。なお、冬のことを「玄冬」ともいう。

玄武(高松塚古墳壁画)。

玄武 - Wikipedia

GeBNut GeNBu GaBriel

Ja🐍ヾ(o^◡^o)ノ🐢Ki

ラーテル

ラーテル

ラーテル(Ratel、学名Mellivora capensis、異名:ミツアナグマ)は、ネコ目(食肉目)-イタチ科-ラーテル亜科-ラーテルに分類される、小型の雑食性哺乳類。本種のみでラーテル属を形成する。

好物の蜂蜜を巡って、ミツオシエ科の小鳥と共生関係にある。また、「世界一怖い物知らずの動物」とギネスブックに認定されていた生き物としても知られる。

※現在ではギネスブックの記録からは抹消されている。

ラーテル
ラーテル
ラーテルMellivora capensis
保全状況評価
LEAST CONCERN
(IUCN Red List Ver.3.1 (2001))
Status iucn3.1 LC.svgワシントン条約附属書III類(ボツワナ
分類
: 動物界Animalia
: 脊索動物門Chordata
亜門 : 脊椎動物亜門Vertebrata
: 哺乳綱Mammalia
上目 : ローラシア獣上目Laurasiatheria
: ネコ目(食肉目)Carnivora
亜目 : イヌ亜目Caniformia
下目 : クマ下目Arctoidea
上科 : イタチ上科Musteloidea
: イタチ科Mustelidae
亜科 : ラーテル亜科
Mellivorinae Gray, 1865
: ラーテル属
MellivoraStorr, 1780
: ラーテルM. capensis
学名
Mellivora capensis
(Schreber, 1776)
和名
ラーテル
英名
Honey badger
Ratel

生物的特徴

分布

ラーテル世界分布図(緑色)

アジア大陸およびアフリカ大陸のおよそ熱帯温帯に属する、サバンナや乾燥した草原砂漠(岩石砂漠と礫(れき)砂漠。砂砂漠は含まず)、森林などに生息している。

形態

全長約80- 110cm(体長(頭胴長)約60- 80cm、尾長約20- 30cm)、体重約7- 14kg。頭部から背面、尾にかけては白い体毛で覆われる。端から腹面、四肢にかけては黒い体毛で覆われる。皮膚分厚く、特に頭部から背にかけての部位は、伸縮性の非常に高い、それでいて硬さを併せ持つ柔軟な装甲となっており、生態的にもこれを最大の武器としている動物である。

外耳は小型。四肢には大きく発達した鉤爪(かぎづめ)が生える。肛門の近くに臭腺を具える。

生態

群れは形成せず、単独もしくはつがいで生活する。夜行性であるが、昼間に活動することもある。

食性雑食で、小型の動物(両生類爬虫類・小型哺乳類など)のほか、果実などを食べる。地を這うような低姿勢ながら、ウマが見せるパッサージュと同じ走法で広範囲を歩き回り、目に入った捕食対象を手当たり次第口にする。発達した鉤爪を使って、素早く穴を掘ったり木に登ることもできる。

蜂の巣を襲って蜂蜜を食べることもあるが、その際にノドグロミツオシエウロコミツオシエといった特定の「蜜教え」の小鳥(ミツオシエ科)との間で共生関係が見られる。これらの小鳥はけたたましい鳴き声を挙げながらラーテルの周囲を飛び回り、蜂の巣を見つけたことを伝えた後、その在り処まで先導をする。目的地に辿り着いたラーテルは力任せに巣を壊し蜜を得るが、蜜教えの小鳥達は道案内の報酬としておこぼれの蜜蝋にありつく。地上棲のラーテルは小鳥のように目ざとく蜂の巣を見つけることはできず、小鳥は見つけた巣を襲うだけの力を持たない。そこでラーテルと蜜教えは協力し、それぞれの特技を活かして一つの目的を達成するのである。

性質は荒く、捕食こそしないものの、ヒトライオンアフリカスイギュウ等の大型動物に立ち向かうこともある。背中に柔軟な皮の装甲を持つため、体を裏返しにでもされない限りライオンの牙も鉤爪もラーテルに傷を負わせることはできない。ライオンやブチハイエナが生息しない岩石砂漠や砂漠の生態系においては、ラーテルは事実上生態ピラミッドの頂点に位置する。(カッショクハイエナ等、砂漠に棲むハイエナ類は下位)。

危険を感じると臭腺から臭いの強い液体を噴射する。

猛毒を持つものも含め蛇類を食する。コブラ科の蛇が持つ神経毒に対して強い耐性を持つため、たとえこれらの毒蛇に咬まれても一時的に動けなくなるだけで、数時間後には回復し活動を再開する。

以上の様に、ライオンやコブラなどはもちろん、ヒトさえも恐れず、何にでも手を出して食べようとする貪欲さから、「the most fearless animal世界一怖い物知らずの動物」としてギネスブックに登録されている。

その他

イタチ亜科クズリは、熱帯域のラーテルに匹敵するニッチ(生態的地位)を占める寒帯域の雑食性哺乳類であり、ラーテルがライオンやハイエナに立ち向かうように、クズリも生息域が被るヒグマオオカミに立ち向かい撃退する事もある。

人間との関係

ラーテル歩兵戦闘車(Ratel IFV)
分厚い皮膚で様々な攻撃をはね返すラーテルにあやかり、南アフリカ共和国では本種の名前を冠した歩兵戦闘車ラーテル歩兵戦闘車(Ratel IFV)」が開発された。
AAC ハニーバジャー
アメリカのAAC社が開発した小銃。由来は英名 honey badgerから来ている。

ムテ吉

2011年平成23年)3月28日より2016年平成28年)3月31日までNHK教育テレビの幼児向け番組「おかあさんといっしょ」内で放送されていた着ぐるみによる人形劇、『ポコポッテイト』 (Poco Potteito)の主人公のモチーフであった。

ラーテル - Wikipedia

Rat El 鼠神 MouseGod

Ra tel 太陽神照る

rate L 左率 (╹д╹;)ヾ

赤い十字架と見事な大蛇

ガンマ線

ガンマ線(ガンマせん、γ線、: Gamma ray)は、放射線の一種。その実体は、波長がおよそ 10 pm よりも短い電磁波である。

概要

X線とは波長領域(エネルギー領域)の一部が重なっており、ガンマ線X線との区別は波長ではなく発生機構によっている。そのため、波長からガンマ線X線かを区別することはできない。正式には、原子核内のエネルギー準位の遷移を起源とするものをガンマ線と呼び、軌道電子遷移を起源とするものをX線と呼ぶ。ただし、発生機構の違いを明確に別ける必要がない場合には、波長領域による区分として一意的に扱い、100~10pm以下の波長をもつX線より高いエネルギー領域の電磁波をまとめてガンマ線と呼ぶこともある。1.022MeV以上のエネルギーを持つガンマ線が消滅するとき、電子陽電子対生成されることがある。逆に、電子陽電子対消滅する際ガンマ線が発生し、反対方向に0.511MeVのガンマ線が2本放出される ガンマ線は光の中で最もエネルギーが大きい。現在、人工的に作ることのできるガンマ線加速器により数TeVまでに及ぶが、宇宙には数十PeV以上のガンマ線が存在すると考えられている。

発見

1900年フランスポール・ヴィラールは、透過性が高く電荷を持たない放射線を発見し、この放射線1903年イギリスアーネスト・ラザフォードによって gamma rayガンマ線)と名付けられた。

ガンマ線の放出

放射性核種崩壊して質量陽子中性子の比率が変わっても、その原子核には過剰なエネルギーが残存している場合がある。このとき、残存しているエネルギーをガンマ線として放出することで原子核は安定に向かう。この現象をガンマ崩壊と呼ぶ。放出するガンマ線のエネルギー領域は核種によって様々である。核種によっては単一領域のガンマ線しか出さないものもあるが、一般的には複数領域のガンマ線を出す。同じ元素でも、同位体によって現象は下の例のように異なる。

  • 81Kr この核種は 275.988 keV の1領域のみ放出。
  • 88Kr この核種は最低 27.513keV、最高 2,771.02 keV の88領域を放出。
    • 割合で多い順から3種挙げると、2,392.11 ke V(34.6%)、196.301 keV (25.98%)、2,195.842 keV (13.18%) である。

理化学研究所によれば、冬期の日本本州日本海沿岸地域において雷雲の活動に伴い自然放射線が増える現象を調査していたところ、雷雲から10 MeV(1×10−9 mSv)のガンマ線を40秒間観測し、雷雲粒子加速器の働きをしていることが分かった。なお、雷雲からのガンマ線量は1回の胸部X線で浴びる放射線量の2億分の1程度と計算されている。

他の放射線との比較

ヘリウム4の原子核であるアルファ粒子は一枚の紙すら通過できず、ベータ線の実態である電子では1cmのプラスチック板で十分遮蔽できるが、電磁波であるガンマ線では10cmの鉛板が必要となる。

利用

一般的なガンマ線源としては、コバルト放射性同位体であるコバルト6060Co)が用いられる。これは安定同位体のコバルト59(59Co)を原子炉内で中性子線に晒す事で放射化により生成され、医薬品や医療廃棄物、食品などのガンマ線滅菌、工業的なX線写真(溶接部X線写真)などに使われている。

放射線医学における最低線量

2003年に米国アメリカ合衆国エネルギー省の低線量放射線研究プログラムによる支援等を受けて[2]米国科学アカデミー紀要(PNAS)に発表された論文によれば、人の癌リスクの増加の十分な証拠が存在するエックス線ガンマ線の最低線量は、瞬間的な被曝では、10–50mSv、長期被曝では50–100mSvであることが示唆されている。

ガンマ線 - Wikipedia

775年の宇宙線飛来 

775年の宇宙線飛来では西暦775年宇宙空間から地球に大量に降り注いだ宇宙線飛来について述べる。775年のミステリー775年宇宙、謎の大事件などと呼ばれることが多い。

発見

2012年に名古屋大学太陽地球環境研究所の研究チームが屋久杉年輪を検査した結果、西暦775年にあたる年輪から炭素14ベリリウム10などの放射性物質の割合が過去3000年間の間に最も高くなることを発見した。これらの放射性物質は宇宙から降り注ぐ宇宙線が大気中の窒素と衝突して生じる。これにより、775年頃に地球に宇宙線が大量に飛来していたことが明らかになった。この研究結果は2012年6月にNatureに掲載された。

また、ドイツの年老いた木の年輪や南極の氷からも同じ頃、放射性物質が急増していることが判明している。

記録

宇宙線は肉眼では観測できないので、宇宙線を直接観測したという記録は当然、存在しない。しかし、世界中の文献に宇宙線をもたらすきっかけとなった現象が記されている。その中で、イギリスアングロサクソン年代記には「西暦774年に、空に赤い十字架見事な大蛇が現れた」という記述がある。

また、ドイツにある修道書を調べた結果、「西暦776年に、教会の上を燃え盛る2枚の楯が動いていくのを目撃した」という記述があり、さらに、当時の中国)の天体観測を記録した新唐書には「西暦767年の7月頃に、太陽の脇に青色と赤色をした気が現れた」と記されている。

考えられる原因

宇宙線の割合や先述の文献の記述から以下の3つの説が考えられている。

超新星爆発

地球のすぐ近傍で、超新星爆発が発生し、それによって誕生した宇宙線が原因であるという説である。この場合、アングロサクソン年代記に記された「赤い十字架」は超新星爆発が肉眼で観測されたものではという指摘がなされている。実際、十字架が出現した日、天気は曇り空で超新星爆発の光が十字架のように見えた可能性がある。しかし、仮にこの説が正しい場合、超新星残骸が見つからないという疑問点が残る。

太陽フレア

775年頃に巨大な太陽フレアが発生し、そのときに放出された宇宙線が原因であるという説。先述のドイツの修道書に記述されていた「燃え盛る2枚の楯」とアングロサクソン年代記に記されていた「見事な大蛇」、新唐書に記されていた「気」は太陽フレアによって発生したオーロラである可能性がある。しかし、そのためにはこれまで観測された最大の太陽フレアキャリントンフレアの10倍という規模の太陽フレアが発生しなければいけない。

ガンマ線バースト

宇宙で最も大きな爆発現象のひとつ、ガンマ線バースト銀河系で発生し、それによって発生した宇宙線が原因であるという説[4]ガンマ線バーストなら、短期間に大量に発生した宇宙線を説明できる。しかし、そのためには地球から3000から12000光年離れた位置でガンマ線バーストが発生しなければいけない。ガンマ線バーストは1つの銀河では年から数万年に1度しか発生しない非常に珍しい現象であり、それが775年頃に我々の銀河系内で起きたとは考えにくい。

775年の宇宙線飛来 - Wikipedia

がんばれぃ!!!! ヾ(╹д╹o)ノ 

 

北極星 北斗七星+輔星

アブラハムの子

アブラハムの子
子門真人シングル
B面 アブラハムの子(カラオケ)
リリース
ジャンル 童謡
レーベル CBSソニー
作詞・作曲 加藤孝広、外国曲
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アブラハムの子アブラハムのこ)とは、アメリカ合衆国童謡(「Father Abraham」(作詞・作曲:不明)が原曲と考えられる)が元で、日本語の歌詞が付けられ流行した。曲名を「アブラハムの七人の子」とする文献も存在する。

曲は外国曲といわれるが由来は不明、日本語歌詞の作詞者は名古屋YMCAのリクリエーション・リーダーであった加藤孝広とされているが、「訳詞」とする文献も存在する。子門真人が歌った音源(オリジナルはEP盤 CBSソニー 05SH-539、1979年6月21日発売)が存在するが、それ以外の音源も存在する。

子門真人版レコードのジャケットには、1970年代に外国曲として日本に伝わったものに加藤孝広が訳詞をつけ日本YMCAを中心に全国に広まった旨、CBSソニーがレコード化にあたり原作詞者・作曲者を数ヶ月にわたり探したが判明せず、原作家不明のままレコード販売に踏み切った旨が記されている。

概要

日本語の歌詞については、

  • アブラハムが登場するが、それは、ユダヤ教キリスト教イスラム教のいずれか、またはすべてに関係するのか否か?
  • 「7人の子」とあるが、この数「7」にはどのような意味があるのか?
  • 7人のうち、1人はのっぽで、残りの6人はちびと歌われるが、これにどのような意味があるのか?

などの疑問が呈されており、謎の多い歌詞となっている。一方で、日本人が作ったのであるから、宗教的な意味はまったくなく、このような疑問の方に意味がないとする説もある。

また、この歌は、幼稚園などでお遊戯によく使われることから、有名である。しかし、この歌(お遊戯・踊り)が、いつ頃、どの地域から広まっていったのかについては、十分に解明されていない。

解釈

一般的には、ユダヤ人アラブ人の伝説上の父祖であるアブラハムと、その息子達のことだと考えられている

「Father Abraham」(父祖アブラハム)という原題もそれを示している。

アブラハムには、側室ハガルとの間に長男イシュマエル、正妻サラとの間に次男イサク、がいた。

しかし、アブラハムは、サラの勧めにより、イシュマエルとハガルを荒野に追放する。

また、アブラハムは、サラが亡くなった後で、後妻ケトラを迎え、ケトラとの間に、ジムランヨクシャンメダンミディアンイシュバクシュアハの6人の息子をもうけている。

よって、アブラハムの子は全員で8人であるが、イシュマエルを除けば7人であり、そして、イサクと弟達の年齢は離れているので、1人(イサク)はのっぽで後はちびとなる。

この曲を録音した歌手

アブラハムの子 - Wikipedia

七つの子

七つの子ななつのこ)とは、野口雨情作詞本居長世作曲した歌である。

日本童謡の中でも、特に知られた楽曲のひとつである。

大正10年(1921年)、児童文学雑誌『金の船』の7月号に発表された。雨情の故郷である茨城県北茨城市磯原駅では発車メロディに使われている。また兵庫県たつの市童謡の小径には、全国公募した「あなたの好きな童謡」の上位8曲の一つとして歌碑が在る。1980年代にはお笑い番組発の替え歌が流行したことでも知られる。

歌詞

烏 なぜ啼くの
烏は山に
可愛七つの
子があるからよ
可愛 可愛と
烏は啼くの
可愛 可愛と
啼くんだよ
山の古巣へ
行って見て御覧
丸い眼をした
いい子だよ

1995年著作権消滅)

『七つ』の謎

『七つ』という言葉が「7羽」を指すのか「7歳」を指すのかは明らかになっておらず、度々論争の種となっている。カラスは一度に7羽ものを育てることはなく、7年も生きたカラスはもはや「子」とは呼べないためである。

この謎を扱った作品として『天才柳沢教授の生活』があるが、その作中でも明確な結論は出されていない。

一つの解釈
「7歳説」への有力な手がかりとして、野口雨情(作詞者)記念館の館長である雨情の孫娘が主張する、雨情の息子(つまり館長の父親)がこの歌のモデルであり、その息子が7歳のころに作られた歌であるという事実がある。これは身内による主張であるため、説得力があるとする見方が存在する。また、7歳という年齢は野口雨情自身が母親と別れた年齢と合致することから、そこに関連性を見出す説もある。

また、この歌の元歌である「山烏」という詩が、1907年頃に作られており、その中でも「可愛(かわい)七つの、子があれば…」と書かれていることからも野口雨情自身の母への思慕の情や実体験からくる子供への思いが歌のなかで「七つ」という言葉が一つのキーワードとしてあてられているのではないかと思われる。

なお、日本語の「七つ」という言葉はしばしば「多い」の意味で遣われる。

歌碑

埼玉県久喜市童謡の小道に存在する歌碑(1974年建立、久喜青葉団地内

雨情の母校である北茨城市立精華小学校には、昭和36年(1961年)に寄贈された歌碑がある。歌碑自体にはひらがなを多く用いた歌詞が刻まれているが、陰に別にある副碑には原詩同様に漢字を用いて刻まれている。また、和歌山県すさみ町の日本童謡の園にも歌碑がある。

録音した歌手

替え歌

1980年初頭にザ・ドリフターズ志村けんTBSで放送された人気テレビ番組『8時だョ!全員集合』の中で、「カラス なぜ鳴くの カラスの勝手でしょ」という替え歌を歌ったことから子供達を中心に流行となった。しかしPTAからは苦情が多数舞い込んだという。この替え歌は前半コント(中場またはオチがつくところで出ることが多い)・少年少女合唱隊・後半コントのいずれかの場面で登場していた。 なお、この替え歌の歌詞については志村けんの作ではなく、笑福亭鶴光DJを務めたニッポン放送のラジオ番組『鶴光のオールナイトニッポン・サンデースペシャル』の中の替え歌コーナーがもととなっているとの説がある。志村けんの著書では、自身の作ではなく近所の小学生が歌っていたのを番組で歌ってみたと語られている。

1990年代後半には、英会話教室NOVAのテレビCMで、山崎一演じる「鈴木さん」が、この歌を歌いながら会社を退勤し、ドアを出ると同時に歌詞が英訳に変わる場面が人気を呼んだ。

また、森繁久弥がかつて盲学校を訪問した際、この歌を歌うこととなり、1番はつつがなく歌ったものの、2番を歌っている最中に盲目の生徒に対して「まるい目をした」という歌詞をそのまま歌うのを憚り、その場で機転をきかせて若干の遅れはあったものの「まるい顔した、いい子だよ」と歌ったという。

ドラマ「受験の神様」(日本テレビ)の中にもこの替え歌が登場している。

その他

北島三郎の曲「帰ろかな」では間奏に本曲を組み込んだバージョンがあり、NHK紅白歌合戦などの歌番組で披露されている。商品化はされていない。

名探偵コナン黒の組織に登場する「あの方」のメールアドレスは「♯969♯6261」とされており携帯音のプッシュ音が七つの子に似たメロディラインになっている。

七つの子 - Wikipedia

魁𩲃𩵄䰢魓𩳐魒ヾ(^◡^o)ノ liiiiii

 

 

猩猩猩々緋

猩猩

猩猩猩々(しょうじょう)とは、古典書物に記された架空の動物。

各種芸能で題材にもなっており、特にの演目である五番目物の曲名『猩猩』が有名である。真っ赤な能装束で飾った猩々が、に浮かれながら舞い謡い、能の印象から転じて大酒家赤色のものを指すこともある

仏教の古典書物中国の古典書物にも登場するが、中国では黄色の毛の生き物や豚と伝わるなど多岐に富み、現代日本で定着している猩々の印象とは相違もあるため注意が必要である。

概説

仏教では、『十誦律』1巻で動物を二足・四足・多足・無足・と種類分けをしているが、鳥と猩々と人を二足歩行と定め、19巻においては、猩々や猿を孔雀鸚鵡(オウム)などの諸々の鳥と一緒に、同じ分類に属すとしている。

日本でも猿を二足の観点から、古くは木の実を取る「このみどり」、高く声上げる様を呼んでいると「呼子鳥」(よぶこどり)と、鳥類のように呼び表すことがあった。

中国の『礼記』には、「鸚鵡は能く言して飛鳥を離れず、猩々は能く言して禽獣を離れず」(鸚鵡能言、不離飛鳥、猩猩能言、不離禽獣)とあり、猩々は人の言葉が分ると記している。『唐国史補』では猩々は酒と屐(はきもの)を好み、それを使って猩々を誘い捕らえることに成功したという。

本草綱目』の明朝の時代になると、記載は多くなり「交趾の熱国に住み、毛色は黄色で声は子供のようだが、時に犬が吼えるように振る舞い、人の言葉を理解し、人の顔や足を持ち、酒を好む動物」とされている。

毛色の色や棲んでいるとされる地域など伝承の違いがあるものの、日本の猩々への印象と大まかに共通している。しかし、中国の書物に記される猩々は、空想的な要素が強調され、一説ではに似ている、あるいはに似ているなど、姿や特徴に幅があり多様な生き物となっている

猩々
Noh a.jpg
作者(年代)
不明
形式
複式現在能
能柄<上演時の分類>
五番目物
現行上演流派
観世・宝生・金春・金剛・喜多
異称
なし
シテ<主人公>
猩々
その他おもな登場人物
高風
季節
秋九月
場所
唐土の潯陽の江
本説<典拠となる作品>
不明
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あらすじ

能の『猩々』のあらすじは以下のとおりである。

むかし、潯陽江(揚子江)の傍らにある金山に、親孝行者の高風(こうふう)(ワキ)という男が住んでいた。高風は市場で酒を売れば多くの富を得るだろうという、神妙な夢を見てお告げに従い市場で酒を売り始める。

酒売りは順調に進んだが、毎日高風の店に買いに来る客の中に、いくら飲んでも顔色が変わらず、酒に酔う様子がない者がいた。不思議に思った高風が名前を尋ねると、自分は猩々と言う海中に住む者だと答えて立ち去る(中入り)。

そこで高風は美しい夜の晩、川辺で酒を用意し猩々を待っていると、水中の波間より猩々が現れる(後シテ)。共に酒を酌み交わし、を舞い踊り(中之舞、又は猩々乱(みだれ))、やがて猩々は高風のを褒め、のように尽きる事のない酒壷を与えて帰ってゆくのであった。

舞踊の解説

古くは猩々が素性を明かす所までを、前場で演じていた。しかしめでたい内容のことから、1日の最後に祝言能として前場を略した半能形式で上演されることが多く、現在では観世流などいくつかの流儀において、半能形式の後場だけで一曲となっている。

後シテが一人で舞うのが常の型だが、「双之舞」(観世金春)、「和合」(宝生)、「和合之舞」(金剛)、「二人乱」(喜多)などの小書がつくと、シテとツレの二人の猩々を出し、連舞になる。「置壺」(観世・金剛)、「壺出」(喜多)の小書では、正先の壷から柄杓で酒を酌む型が加わる。

舞は中之舞が常であるが、実際にはこれで演じられることは少年の初シテなどの特殊な場合をのぞけばほとんどなく、の小書つきに変る(その場合、曲名を「猩々乱乱特有の囃子と舞」もしくは「乱」とする)。乱は「猩々」と「」にしかない特殊な舞で、中之舞の中央部分に乱特有の囃子と舞を挿入するかたちになっている。水上をすべるように動く猩々の様を見せるために足拍子を踏まず、ヌキ足、乱レ足、流レ足といった特殊な足使いをし、さらに上半身を深く沈めたり、頭を振るしぐさが加わる。能において爪先立ちして舞を舞うのは、乱の流レ足くらいにしか見られない特殊な例である。このため、乱は能楽師の修行の過程において、重要な階梯であると考えられ、初演を披きとして重く扱う。通常は「道成寺」の前に披くことが多い。

能装束の解説

出立は赤頭(赤髪)、赤地の唐織、緋色の大口(または半切)で、足袋以外はことごとく赤色である。頭については、通常の赤頭は白毛を一筋加えたものを用いるが、「猩々」と「石橋」に限って赤毛のみの頭を使うとされている。面は猩々という専用の面。顔に赤い彩色をほどこし、目元と口元に笑みをうかべている。慈童で代用することもあるが一般的ではない。

民俗芸能

鳥取県境港市水木しげるロードに設置されている「麒麟獅子猩猩」のブロンズ像
有松天満社例祭に登場する猩々(愛知県名古屋市緑区、2009年(平成21年))。子供の頭を撫でている。

特に日本では、各種の説話や芸能によってさまざまなイメージが付託されて現在に及んでいる。 しかし、伝説のため、さまざまな説がある。七福神の一人として寿老人の代わりに入れられた時代もある。

地方色

宮城県岩手県山梨県富山県兵庫県和歌山県鳥取県山口県など各地の伝説昔話に登場する。江戸中期に甲府勤番士の著した地誌書『裏見寒話』では、山梨県の西地蔵岳で猟師が猩猩に遭って銃で撃った話があるが、そのほかの地域では猩猩はほとんど海に現れている。

富山県氷見市新湊市(現・射水市)の海に現れるという猩猩は、身長1メートルほどで、船に上がってきて舳先に腰をかけるという。ときには6、7匹も乗り込んでくるが、船乗りが驚いて騒いだりすると猩猩は船をひっくり返してしまうため、船乗りは黙って船底に打ち伏したという。

山口県周防大島でいう猩猩船幽霊のように語られており、船に対して海底から「樽をくれ」と声をかけ、樽を投げ込まないと祟りがあるが、樽を投げ入れると船に水を入れられて沈められてしまうため、樽の底を抜いて投げ込んでやるという。

猩々祭り

愛知県の名古屋市緑区を中心とする地域の祭礼には、猩猩が祭りに欠かせない。

猩々祭りは旧東海道鳴海宿を中心とした地域で行われる。猩々人形が子供達を追いかけ、大きな赤い手でお尻を叩こうとする。叩かれた子は夏病にかからないという。最近はお尻を叩かず、頭を撫でる。猩々人形は赤い顔の面と上半身分の竹枠組みで出来ておりその上から衣装で覆う。大人がこれをかぶると身長2メートル以上の巨人となる。

生物の漢名・和名として

オランウータン漢名としても使われたのに合わせてチンパンジーの和名は猩猩(くろしょうじょう)、ゴリラの和名は猩猩(おおしょうじょう)とされた。これらは日本でも使われることがあった。

また、ショウジョウバエは、に誘引される性質から猩猩になぞらえて名づけられた。他にも赤みの強い色彩を持つ生物には、しばしばショウジョウ……の名が付されることがある。

猩猩 - Wikipedia

ショウジョウバエ

 ショウジョウバエ猩猩蠅)はハエ目(双翅目)・ショウジョウバエ (Drosophilidae) に属するハエの総称である。科学の分野ではその1種であるキイロショウジョウバエ (Drosophila melanogaster) のことをこう呼ぶことが多い。この種に関しては非常に多くの分野での研究が行われた。

生態

ショウジョウバエ科には3,000を超えるが記載されている。

ショウジョウバエ

ショウジョウバエ属は17亜属に分類され、日本には7亜属が生息する。多くの種は体長3mm前後と小さく、自然界では熟した果物類や樹液およびそこに生育する天然の酵母を食料とする酵母は果実や樹液を代謝アルコール発酵を行うため、ショウジョウバエに誘引されると考えられる。大半の種は糞便や腐敗動物質といったタイプの汚物には接触しないため、病原菌の媒体になることはない

名称

ショウジョウバエ和名は、代表的な種が赤いを持つことやに好んで集まることから、顔の赤い酒飲みの妖怪猩々」にちなんで名付けられた日本では一般には俗にコバエ(小蝿)やスバエ(酢蝿)などとも呼ばれる。学名の Drosophila は「湿気・露を好む」というギリシャ語 δροσος(drosos) + φιλα (phila) にちなむ。これはドイツ語での通称が「露バエ」を意味する Taufliegen (Tau + Fliegen) であることによる。英語では俗に fruit fly (果実蝿)、 vinegar fly (酢蝿)、 wine fly (ワイン蝿)などと呼ばれる。

ショウジョウバエ属の分類

 
キイロショウジョウバエ成虫オス

ショウジョウバエ属は17亜属に分類され、日本には7亜属が生息する。以下に日本で見られるものについて示す。スターティヴァントは亜属を Drosophilaアナグラムで命名した。

ショウジョウバエ - Wikipedia 

キイロショウジョウバエ

キイロショウジョウバエ(黄色猩々蝿)は、ハエ目(双翅目)・ショウジョウバエ科昆虫である。生物学のさまざまな分野でモデル生物として用いられ、多くの発見がなされた。特に遺伝学的解析に優れた性質をもつ。単にショウジョウバエといえば本種を指すことも多い。

生態と分布

キイロショウジョウバエは体長3mm前後と小さく、自然界では熟した果物類や樹液およびそこに生育する天然の酵母を食料とする。酵母は果実や樹液を代謝アルコール発酵を行うため、ショウジョウバエは酒や酢に誘引されると考えられる。糞便や腐敗動物質といったタイプの汚物には接触しないため、病原菌の媒体になることはない。この種はアフリカ中央部に起源を持ち、現在では世界各地の暖かい地域で見られる。寒い地域でも夏場だけ移動してきたり、暖かい場所で冬を越したりする。冬眠することはない。

日本では野外や人家(主に台所など食品がある場所)で普通に見られる。俗に「コバエ」とも呼ばれ、身近に見られることや、後述の生物学的な特性から小学校でのバナナなどの果物を使って捕獲する実験に始まり、大学の生物学遺伝学での実験まで広く利用されている。 一方、大量に発生すると不快感を感じさせるため、誘引して殺すための殺虫剤が入ったトラップ器具が大手殺虫剤メーカから発売されている。

モデル生物としての生物学的特性

ショウジョウバエの培養試験管
D. melanogasterの卵
D. melanogaster には多様な表現型が見られ、関連する遺伝子マーカーも開発されている。


キイロショウジョウバエモデル生物としての利点は以下のことが挙げられる。

  • 飼育の容易さ: 小さい体、短い生活環、多産、特殊なエサは不要。そのため狭い容器内に多数を飼うことができ、短期間で世代をまたいで観察が可能
  • 遺伝的特性: 小さいゲノムサイズ染色体が少ない四対)。遺伝子の重複が少ない
  • 遺伝学的知見・技術の蓄積。
  • 細胞学的、発生学的記載の蓄積。

研究室での飼育

ショウジョウバエ世代間隔は10日(25℃)寿命2か月。一匹のメスは、1日に50個前後のを産むことができる。体長2〜3 mm。研究室では、成虫・幼虫ともに乾燥酵母コーンミール蔗糖などを寒天で固めたエサで飼育される(写真)。

発生の概略

ショウジョウバエは胚期、幼虫期、蛹期、成虫期の4つの発生段階をもつ完全変態昆虫である。幼虫期には2回脱皮を行い、それぞれ一齢幼虫、二齢幼虫、三齢幼虫と呼ばれる。25℃で飼育すると、胚期: 一日、一齢幼虫期: 一日、二齢幼虫期: 一日、三齢幼虫期: 二日、蛹期: 五日を経て成虫になる。

卵には細胞核や栄養だけでなく、様々な遺伝子産物が母親から供給されている。これらの遺伝子産物には卵の中で片寄って存在しているものがあり、この偏りが胚内での位置情報となり、体軸や生殖細胞の形成などに重要な役割をもつ。受精核は分裂して細胞表層に移行し、表割を行う。極初期に決定された位置情報を元にシグナル伝達などを介した形態形成が速やかに進行する。幼虫期の脱皮・変態幼若ホルモンエクジソンによって制御されている。幼虫の体内には将来成虫の体を形成する成虫原基という組織がある。成虫原基は三齢幼虫後期に増殖・分化し始め、蛹の間に成虫の体を形作る。

染色体・ゲノム

四対の染色体があり、性染色体を第一染色体として、常染色体を第二、第三、第四染色体と呼ぶ。性染色体はヒトと同じ XY 型だが性決定機構は異なる。Y 染色体と第四染色体は非常に短いため、しばしば無視される。幼虫の唾液腺の染色体は核分裂を伴わずにDNA複製を繰り返し、多糸化するため非常に巨大になる。この唾液腺染色体に見られるバンドパターンは詳細に記載され、組み換え価との比較から細胞学的遺伝子地図が作成された。ゲノムサイズは1.65x108塩基対、おおよそ14,000の遺伝子があると推測されている。2000年には(ほぼ)すべてのゲノム塩基配列が解読された多細胞生物としては線虫に次いで二番目(ゲノムプロジェクト)。

ヒトの病気の原因として知られている遺伝子の61%がショウジョウバエにもあり遺伝的にはヒトショウジョウバエは非常に似ているということができる。パーキンソン病ハンチントン病などのヒト疾患の病理メカニズムを解明するためのモデルとしても注目されている。

D. melanogaster の染色体をmegabase-pair単位で縮小した図。 National Center for Biotechnology Information databaseのデータをもとに作成。

 

行動・神経・脳

キイロショウジョウバエの交尾

成虫は正の走光性と負の走地性をもつ。さらに分子解剖学的に神経回路を全て記述する試みがなされている。交尾ショウジョウバエで最も詳しく観察された行動であり、性決定などに関する研究がある。夜(暗期)には哺乳類の睡眠に類似した行動を示す。これはサーカディアンリズム概日周期)を刻み、この周期が変化する変異体も得られている。さらに、1970年代後半から始まった研究により、ショウジョウバエは記憶や学習といった行動を示すことが明らかとなった。その後の、遺伝学的な解析から様々な記憶・学習に関係する遺伝子が同定され、近年では蛍光タンパクなどを用いた記憶や学習を司る脳の回路解析が行われている。また、アルツハイマー病やパーキンソン病などのモデル動物も作成され、脳機能解析における実験動物として有用視されている。

ショウジョウバエ研究史

ショウジョウバエ研究は一世紀にわたる歴史を持つ。初期は遺伝学の材料として、現在では主に発生生物学モデル生物として用いられている。遺伝子に関連した部分での動物発生における多くの知見は、ショウジョウバエ研究で最初に明らかにされてきた。

古典遺伝学の時代

ショウジョウバエが生物学の材料として登場するのは、1901年、当時ハーバード大学にいたC.W.ウッドワース英語版が大量飼育し、W.E. キャッスル英語版に遺伝学の材料として薦めたのが最初と言われる。遺伝学の研究材料として有名にしたのはT.H. モーガンとその一派(C.B. ブリッジス、A.H. スターティヴァント英語版H.J. マラーら)。彼等は1908年からショウジョウバエを用いはじめ、1910年には最初の突然変異体、white(白眼)を発見した。さらに、変異体と異常染色体の関連を観察し、遺伝子が染色体上に存在することを証明(三点交雑法により、染色体上の遺伝子の配列を表した連鎖地図を作成)し、染色体説を実証した。この業績によりモーガン1933年ノーベル生理学・医学賞を受賞。

遺伝学研究では突然変異体を用いるのが常法だが、自然状態で突然変異が起こる確率は非常に低く、発見が困難だった。この問題はH.J.マラーの研究によって解消される。マラーは、ショウジョウバエX線を照射すると、表現型に遺伝的な影響を及ぼすことを発見し、これがX線による遺伝子突然変異(人為突然変異)であることを明らかにした(1927年)。この業績により彼は1946年ノーベル生理学・医学賞を受賞している。以降、多数の突然変異体系統や異常染色体系統が樹立された。

このようにして古典遺伝学は隆盛を見る。しかしここまでの遺伝学では表現型の観察は主に成虫を用いており、発生に関する知見は乏しかった。

ホメオボックスの発見

動物発生学では主に胚を研究材料としていた。観察実験操作の容易さから大きな卵を持つカエルやウニが用いられることが多く、ショウジョウバエの胚は小さく、不透明な卵殻を持っているため発生学には向かないとされていた。また昆虫の発生はヒトとは全く異なるため、研究する意義が低いと考えられていた。しかし顕微鏡や観察技術、分子生物学の発展にともないホメオボックスが発見されるに至ると、ショウジョウバエで培われた遺伝学は発生学と融合することになる。

ホメオボックスホメオティック変異の研究から発見された。ホメオティック変異 (homeotic mutation) とはある組織や器官が別の組織や器官になるという変異である。ショウジョウバエで初めてのホメオティック変異 bx (bithorax) はモーガン研究室のブリッジスによって1915年に発見されていた。bx 変異体の組み合わせによっては胸部第三節が第二節に変化し、四対の翅をもつようになる。モーガンの孫弟子にあたる E.B. ルイスは多数の bx 変異を作成し、この変異表現型が BX 遺伝子群によって引き起こされるという説を発表した(1978年)。

この間に遺伝子発現の定義が分子生物学によってなされ、ショウジョウバエでも遺伝子クローニングや遺伝子導入といった分子生物学的手法が導入された。また小さな胚を扱うための顕微鏡や観察技術も発展した。さらに幸運なことに1976年にはP因子と呼ばれるトランスポゾンが発見され、1982年頃からはそれまで細菌や酵母でしか行えなかった遺伝子導入が比較的容易に行えるようになった。以降P因子を用いた様々な技術が開発されている。

分子生物学的手法を用いて、1983年から84年にかけて、W.J. ゲーリングらと T. カウフマンらによってホメオティック変異の原因遺伝子が独立にクローニングされた。塩基配列を決定したところホメオティック遺伝子には 180 bp (60 aa) の共通した配列があり、ホメオボックスと名付けられた。驚くことに、ホメオボックスを持つ遺伝子はショウジョウバエだけでなく、ヒトから線虫植物酵母など真核生物に広く存在していることが明らかになった。生物は発生のような複雑な現象においても、基本的には共通の系を使っていたのである。このことは線虫を始め、他のモデル生物研究を加速させた。

1980年代、C. ニュスライン-フォルハルトとE.F. ウィーシャウスは大量の突然変異系統を樹立し、ショウジョウバエ胚の体節形成に注目した表現型の観察を行った。彼等は胚におけるタンパク質の濃度勾配が体節形成に重要であることを明らかにし、この研究でホメオティック遺伝子の発現機構が解明された。

このように発生遺伝子の言葉で説明することができるようになり、発生学と遺伝学は統合された。このことは1995年に「初期胚発生の遺伝的制御に関する発見」により E.B. ルイス、ニュスライン-フォルハルト、ウィーシャウスらがノーベル生理学・医学賞を受賞していることに象徴される。発生学の分野では1935年ハンス・シュペーマンの受賞から60年後のことである。

ゲノムプロジェクト以降

ゲノムプロジェクトによるゲノム解読終了は、分子生物学的研究をさらに発展させることになる。また比較ゲノム学的な観点から、進化の研究も行いやすくなった。キイロショウジョウバエのいくつかの近縁種でもゲノムプロジェクトが進行中である。

生態学

1920年にアメリカのパールは人口統計学の基礎研究としてショウジョウバエ個体群成長について実験を行い、ロジスティック曲線を提唱した。また、これにかかわって密度効果を見いだした。ただし、それ以降の研究では使われることが少なくなった。これは、寒天培地などの餌がこの分野でのより詳細な分析には向かなかった(たとえば培養中に虫のみを選りだして別の培地に移すなどの操作が困難)ためで、コクヌストモドキ等がそれ以降は使われた。

ショウジョウバエの遺伝子名

遺伝子の命名法は生物種によって多少異なる。ここではショウジョウバエについて紹介する。

突然変異の解析から同定された遺伝子は、最初に得られた変異体の表現型にちなんだ命名をされる。この場合、遺伝子はその機能と逆の名前がつけられる。遺伝子名は斜体で表記し、劣性変異は小文字で、優性変異は大文字で始める。近年は、ほ乳類などで解析が進んでいたものをショウジョウバエでも逆遺伝学的に研究する例も増え、その場合はしばしば D. melanogaster の省略である d や D、Dm を遺伝子名の前につけることが、かつてあった。論文等における発表では、このような表記が使われることはあるが、事実上の標準であるFlyBaseに登録されるとき、こうした接頭語は冗長であるとの理由により修正される。通常、遺伝子名は遺伝子記号と呼ばれる略称で表記される。初期に発見された遺伝子は一文字や二文字(例えば whitew)だったが、近年では三文字以上を用いる。

例)遺伝子名(遺伝子記号)- 備考

  • white (w) - 白眼変異体の原因遺伝子。劣性変異。
  • yellow(y) - 体や羽が黄色の変異体になる原因遺伝子。いわゆるアルビノ
  • ebony(e) - 体や羽が黒色の変異体になる原因遺伝子。ヘテロ接合体は野生型よりも黒い。
  • Curly(Cy) -羽が体から離れるようにカーブする変異体になる原因遺伝子。
  • Antennapedia (Antp) - 触角 (antenna) が脚 (pedia) になる優性のホメオティック変異の原因遺伝子。
  • p53 - ほ乳類の癌抑制遺伝子p53ショウジョウバエ相同遺伝子。

ショウジョウバエ研究者はウィットを利かせた(ときとしてダジャレのような)遺伝子名を付ける伝統を持つ。例えば musashi毛が二本になる→二刀流の宮本武蔵)、

satoriオスが交尾をしない→悟りの境地)、

hamlet神経になるべきかならざるべきか→シェークスピアの戯曲「ハムレットなど。

他生物種の研究者の中にはこのような習慣に否定的な意見をもつ人もおり、Nature 誌で議論がなされたことがあったが、ショウジョウバエ研究者は概ねこの伝統を誇りにしているようである。

キイロショウジョウバエ - Wikipedia

『生き物でも人間でもないもの連れて来た!』(╹︿╹o)ノ