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Buckminsterfullerene

バックミンスターフラーレン

バックミンスターフラーレン
識別情報
CAS登録番号 99685-96-8 チェック
PubChem 123591
ChemSpider 110185 チェック
日化辞番号 J338.730E
特性
化学式 C60
モル質量 720.64 g mol−1
密度 1.729 g/cm3(5 K、 理論値)[1]
融点

1180 ºC[1]

への溶解度 不溶
構造
結晶構造 面心立方格子(室温)[2]
単純立方格子(< 249 K)[3]
空間群 Pa3(T6
h
)
格子定数 (a, b, c) a = 14.041 Å,b = 14.041 Å,c = 14.041 Å
格子定数 (α, β, γ) α = 90.00°, β = 90.00°, γ = 90.00°
出典
結晶構造[3]
特記なき場合、データは常温 (25 °C)・常圧 (100 kPa) におけるものである。

バックミンスターフラーレン(Buckminsterfullerene)は、分子式C60の球状分子である。1985年に、ライス大学ハロルド・クロトー、ジェームズ・ヒース (en)、ショーン・オブライエン、ロバート・カールリチャード・スモーリーによって初めて調製された。クロトー、カール、スモーリーは、バックミンスターフラーレンおよび関連分子(フラーレン類)の発見の業績により1996年のノーベル化学賞を受賞した。この分子の名称は、分子の構造と類似しているジオデシック・ドームを考案したリチャード・バックミンスター・フラーに敬意を表したものである。バックミンスターフラーレンは最初に発見されたフラーレン分子であり、また天然において最も一般的なフラーレン分子である(中に少量見いだされる)。C60フラーレン、バッキーボール (Buckyball) とも呼ばれる。

バックミンスターフラーレン分子は、粒子と波動の二重性実験的に観測された最大の粒子である。

構造

バックミンスターフラーレンの構造は、20角形12角形からなる切頂二十面体であり、それぞれの多角形の頂点は炭素原子、多角形の辺は炭素-炭素結合である。C60分子のファンデルワールス直径は約1.01ナノメートル (nm) である。C60分子の核間距離(炭素骨格の直径)は約0.71 nmである。C60分子には2種類の結合距離がある。6:6環結合(2つの六角形の間)は二重結合と考えることができ、6:5結合(六角形と五角形の間)よりも短い。平均結合距離は1.2オングストローム (Å) である。C60構造中の炭素原子は、それぞれ3つの炭素原子と共有結合している。炭素原子は6個の電子を有していることから、電子構造はu2,4である。安定化するためには、炭素原子は最外殻に8個の電子が必要であり、3つの炭素原子との共有結合では、最外殻の電子は7個にしかならない。このことは、全炭素原子上の結合に関与していない電子が、化合物中の全原子に渡って自由に浮かんでいることを意味している。電子は電荷を持っているため、この自由電子運動はバックミンスターフラーレンが非常によい導電体となることを意味している。このことにより、バックミンスターフラーレンは、その大きさのため、ナノテクノロジーにおいて非常に有用となっている。

バックミンスターフラーレンの基底状態電子密度の等密度面(密度汎関数法による計算)

バックミンスターフラーレン - Wikipedia

バックミンスター・フラー

バックミンスター・フラー
Buckminster Fuller
BuckminsterFuller1.jpg
生誕 リチャード・バックミンスター・フラー
1895年7月12日
マサチューセッツ州ミルトン
死没 1983年7月1日(満87歳没)
カリフォルニア州ロサンゼルス
国籍 アメリカ合衆国の旗アメリカ合衆国
職業 思想家デザイナー構造家建築家発明家詩人
所属 バックミンスター・フラー研究所
建築物 モントリオール万博アメリカ館
ダイマクション・ハウス
著作 宇宙船地球号操縦マニュアル
クリティカル・パス
コズモグラフィー
ジオデシック・ドーム(1967年モントリオール万博アメリカ館)
ダイマクション・ハウス

リチャード・バックミンスター・フラーRichard Buckminster Fuller1895年7月12日 - 1983年7月1日)は、アメリカマサチューセッツ州出身の思想家デザイナー構造家建築家発明家詩人

人物概要

フラーはその生涯を通して、人類の生存を持続可能なものとするための方法を探りつづけた。全28冊の著作によって、「宇宙船地球号」、エフェメラリゼーションシナジェティクスデザインサイエンスなどの言葉を広めた。デザイン・建築の分野でジオデシック・ドーム(フラードーム)やダイマクション地図、住宅のプロトタイプであるダイマクション・ハウスなど数多くのものを発明した。

彼の生涯は、商業関係のさまざまな仕事を転々としたあと、1922年に、安あがりで効率のよい屋根を作るための構造システムの仕事を始めるが、それは建設に手間がかからないと同時に軽量で、大きなスパンを覆うことのできるものを目指していた。その成果が、第二次大戦後に展開された一連のジオデシック・ドームである。それらは、スペース・フレームの原理にのっとって、木材合板アルミニウムペーパーボードプレストレスト・コンクリート、さらに、など多種多様の材料で作り出したものであった。その最大のものは、ルイジアナ州、バトン・ルージュにあるが、直径は384フィートで、1958年に作られたものである。

その他にも、テンセグリティや、今日一般的に見られるドームスタジアムの開発・設計、オクテットトラス構造の特許を取得し、世界各地にオブザーバー、提案者として請われ広範に活動した。

また、彼はその生涯においてクロノファイルと名づけた詳細な自らの活動の記録(日誌)を膨大な量残したことでも知られる。それらは、バックミンスター・フラー・インスティテュートに保管されている。

晩年には世界中で講演し、また数多くの名誉博士号を受けた。しかし、その業績は然るべき評価を受けたとは言い難く、彼の発明のほとんどは生産されず、また関わったほとんどの分野(建築など)では厳しい批評に晒されるか、ユートピア主義者とされ無視された。

しかし、彼の特許やそうでなくても、提案されたコンセプト等は現在の社会の大きな要素となっているものも少なくない。

「炭素60」(C60)と呼ばれる炭素クラスター分子はジオデシック・ドームと同じ構造を持つことから、彼にちなんで「バックミンスターフラーレンフラーレン)」または「バッキー・ボール」と命名された。

思想

バックミンスター・フラーの富の概念

フラーは独特のの概念を公言していた。それは、一般的に私たちの大部分に認められている貨幣ではなく人間の生命を維持・保護・成長させるものとした。それらを達成するための衣・食・住・エネルギーを、そして究極的にはより効率的に成し遂げるための形而上的なものであるノウハウの体系であるテクノロジー、それ自体が更に発展し続ける、それこそが「富」の本質であるとした。

「自分の時間をより有効な探査的な投資に解放すれば、それは自分の富を増やすことになる」

この言葉にも彼の独特のの概念が現れている。

発明

年譜

著作

バックミンスター・フラー - Wikipedia

大澤映二

大澤 映二(おおさわ えいじ、1935年6月9日 - )は日本の化学者。株式会社ナノ炭素研究所取締役社長。1970年フラーレン分子の存在を予想したことで知られる。

経歴

富山県出身。1960年に京都大学大学院工学研究科修士課程を修了後、帝国人造絹糸株式会社に入社する。1964年に京都大学に戻り、吉田教授の下、工学博士号を得る。

その後ウィスコンシン大学プリンストン大学ニューヨーク州立大学ストーニブルック校で3年間のポスドク後、1970年に北海道大学理学部化学第二学科の助教授に就任。1991年豊橋技術科学大学工学部知識情報工学系教授、2001年定年退職。同年に有限会社ナノ炭素研究所を設立。その後株式会社ナノ炭素研究所となり現在同社取締役社長。

大澤映二 - Wikipedia

五+六 🌟🔯 ヾ(╹◡╹o)ノ

 

ampersand ambassador

アンパサンド

アンパサンド (ampersand&) とは「…と…」を意味する記号である。ラテン語の "et"合字で、Trebuchet MSフォントでは、Trebuchet MS ampersand.svgと表示され "et" の合字であることが容易にわかる。ampersa、すなわち "and per se and"、その意味は"and [the symbol which] by itself [is] and"である。

&
Trebuchet MS フォント

 

歴史

アンパサンドの進展

その使用は1世紀に遡ることができ (1)、5世紀中葉 (2,3) から現代 (4-6) に至るまでの変遷がわかる。 Z に続くラテン文字アルファベット27字目とされた時期もある

アンパサンドと同じ役割を果たす文字に「ティロ式記号のet」と呼ばれる、数字の「7」に似た記号があった(, U+204A)。この記号は現在もゲール文字で使われている。

記号名の「アンパサンド」は、ラテン語まじりの英語「& はそれ自身 "and" を表す」(& per se and) のくずれた形である。英語以外の言語での名称は多様である。

手書き

手書きのアンパサンド
手書きのアンパサンド(簡素化)

日常的な手書きの場合、欧米でアンパサンドは「ε」に縦線を引く単純化されたものが使われることがある。

また同様に、「t」または「+(プラス)」に輪を重ねたような、無声歯茎側面摩擦音を示す発音記号「[ɬ]」のようなものが使われることもある。

プログラミング言語

プログラミング言語では、C など多数の言語で AND 演算子として用いられる。以下は C の例。

  • X = A && B のように2個重ねたものは論理 AND を表す。この場合 A, B がともに真ならば X も真、それ以外は偽である。
  • 0x12345678 & 0x0f0f0f0f のように1個であればビット AND を表す。この場合の結果は 0x02040608 である。

PHPでは、変数宣言記号($)の直前に記述することで、参照渡しを行うことができる。

BASIC 系列の言語では文字列の連結演算子として使用される。"foo" & "bar" は "foobar" を返す。また、主にマイクロソフト系では整数の十六進表記に &h を用い、&h0F (十進で15)のように表現する。

SGMLXMLHTMLでは、アンパサンドを使ってSGML実体を参照する。

その他

符号位置

記号 Unicode JIS X 0213 文字参照 名称
& U+0026 1-1-85 &amp;
&#x26;
&#38;
アンパサンド
U+FF06 1-1-85 &#xFF06;
&#65286;
アンパサンド(全角)


アンパサンド - Wikipedia

DIOrDNA と ET と ANDROID ヾ(╹◡╹o)ノ

 

 

DOG STAR

ドッグ・デイズ

ドッグ・デイズ(英語dog daysラテン語diēs caniculārēs)とは、「のうち最も暑い時期」「真夏」「盛夏」を表す。北半球においては7月上旬から8月中旬ごろまで、南半球においては1月上旬から2月中旬ごろまでを指す。

この名前の由来は、おおいぬ座シリウス(Dog Star)が、7月から8月にかけて日の出と共に現れ日の入りと共に沈むことが、この時期が暑くなることと関連づけられたことである。

古代ローマでは、ドッグ・デイズは7月24日から8月24日まで、もしくは、7月23日から8月23日までとされていた。多くのヨーロッパの文化(ドイツフランスイタリアなど)では、今日でもこの期間をドッグ・デイズと呼んでいる。

ドッグ・デイズ - Wikipedia

シリウス

シリウス
Sirius
ハッブル宇宙望遠鏡で撮影したシリウスA(中央)とシリウスB(左下)[1]
ハッブル宇宙望遠鏡で撮影したシリウスA(中央)とシリウスB(左下)
仮符号・別名 おおいぬ座α星
星座 おおいぬ座
視等級(V) -1.46[2]
-1.46 - -1.41(変光)
変光星 疑わしい
位置
元期:J2000.0
赤経(RA, α) 06h 45m 08.91728s
赤緯(Dec, δ) -16° 42′ 58.0171″
赤方偏移 -0.000018
視線速度(Rv) -5.50 km/s
固有運動(μ) 赤経: -546.01 ミリ秒/年
赤緯: -1223.07 ミリ秒/年
年周視差(π) 379.21 ± 1.58 ミリ秒
距離 8.60 ± 0.04 光年
(2.64 ± 0.01 パーセク)
絶対等級(MV) 1.434
Canis Major constellation map.svg
Cercle rouge 100%.svg
シリウスの位置
物理的性質
スペクトル分類 A1V+DA
色指数 (B-V) 0.00
色指数 (U-B) -0.05
色指数 (R-I) -0.03
年齢 2億2500万 - 2億5000万年
別名称
別名称
Dog Star
Aschere, Canicula
Al Shira, Sothis
Mrgavyadha, Lubdhaka
Tenrōsei
Alhabor
おおいぬ座9番星
BD -16 1591
HD 48915
HIP 32349
HR 2491
SAO 151881
NSV 17173
2MASS J06450887-1642566
Template (ノート 解説) ■Project
シリウスA
視等級(V) -1.09
分類 A型主系列星
位置
元期:J2000.0
赤経(RA, α) 06h 45m 08.917s
赤緯(Dec, δ) -16° 42′ 58.02″
赤方偏移 -0.000018
視線速度(Rv) -5.50 km/s
固有運動(μ) 赤経: -546.0 ミリ秒/
赤緯: -1223.1 ミリ秒/年
絶対等級(MV) 1.42
物理的性質
半径 1.711 R
質量 2.02 M
表面重力 4.33 (log g)
自転速度 16 km/s
自転周期 5.3 [要出典]
スペクトル分類 A1V、A1m
光度 25.4 L
表面温度 9,940 K
金属量[Fe/H] 0.50
別名称
別名称
BD -16 1591A
HD 48915A
GJ 244 A
Template (ノート 解説) ■Project
シリウスB
仮符号・別名 おおいぬ座α星B
視等級(V) 8.44
分類 白色矮星
軌道の種類 シリウスAの周回軌道
位置
元期:J2000.0
赤経(RA, α) 06h 45m 09.0s
赤緯(Dec, δ) -16° 43′ 06″
固有運動(μ) 赤経: -547 ミリ秒/年
赤緯: -1207 ミリ秒/年
年周視差(π) 379.21 ミリ秒
絶対等級(MV) 11.334
物理的性質
半径 0.0084 ± 3% R
質量 0.978 M
表面重力 8.57 (log g)
スペクトル分類 DA1.9
光度 0.056 L
表面温度 25,200 K
色指数 (B-V) -0.03
色指数 (U-B) -1.04
軌道要素と性質
軌道長半径(a) 7.50 ± 0.04″
離心率(e) 0.5923 ± 0.0019
公転周期(P) 50.09 ± 0.055 年
軌道傾斜角(i) 136.53 ± 0.43°
近点引数(ω) 147.27 ± 0.54°
昇交点黄経(Ω) 44.57 ± 0.44°
前回近点通過 1894.13 ± 0.015
別名称
別名称
BD -16 1591B
HD 48915B
GJ 244 B
Template (ノート 解説) ■Project

シリウスSirius)は、おおいぬ座で最も明るい恒星で全天21の1等星の1つで、太陽を除けば地球上から見える最も明るい恒星である。視等級は-1.46等で、シリウスに次いで明るいカノープスのほぼ2倍の明るさである。バイエル符号における名称は「おおいぬ座α星」である。オリオン座ベテルギウスこいぬ座プロキオンともに、冬の大三角を形成している。冬のダイヤモンドを形成する恒星の1つでもある。肉眼では1つの恒星に見えるが、実際には、シリウスAと呼ばれるA型主系列星と、シリウスBと呼ばれる白色矮星から成る連星である。シリウスBのシリウスAからの距離は8.2~31.5auの間で変化する。

シリウスは近距離にあるうえ、自身の光度も大きいため、肉眼でも明るく見える。ヒッパルコス衛星の観測によって得られた年周視差の値に基づくと、地球との距離は約8.6光年(約2.6パーセク)となる。その距離から、地球に近い恒星の一つである。シリウスは、太陽系に接近しているので、今後6万年の間に、わずかに明るさが増す。それ以降は、太陽系から離れていき、明るさは暗くなっていくが、少なくとも今後21万年間は、全天で最も明るい恒星でありつづけるとされている。

主星のシリウスAは、太陽の約2倍の質量を持ち、絶対等級は1.42等である。光度は太陽の約25倍にもなるが、カノープスリゲルなどと比べると小さい。年齢は2億年から3億年ほどと推定されている。かつてシリウスは明るい2つの恒星から成る連星系だったが、より質量が大きいシリウスBが先に寿命を迎え、1億2000万年前には赤色巨星になった。その後、外層を失い、現在の白色矮星になったとされている。

シリウスはまた、おおいぬ座にあることから、Dog Starとも呼ばれている。なお、古代エジプトでは、ナイル川の氾濫時期を知らせてくれる星として、非常に重要な働きをしていたエジプト神話・ナイル川およびソプデトも参照)。また、南半球のポリネシア人太平洋上の航海において、冬の到来を示す重要な役目を果たした。

 

観察の歴史

古代エジプトでは、シリウス豊穣の女神ソプデト(古代ギリシア語: Σῶθις、Sothis)として知られていた。シリウスは最も初期の天文記録にも記録されている。エジプト中王国時代、エジプト人はシリウスヒライアカル・ライジングを基にEgyptian calenderを作り上げた。シリウスがヒライアカル・ライジングを起こす約70日後 に、夏至ナイル川の氾濫が起きるため、とても重視されていた。

エジプトのアレクサンドリアにいたトレミーは、著書アルマゲストの7巻と8巻に星表を記している。プトレマイオスは、地球の中心子午線の場所としてシリウスを使用した。しかし、奇妙な事に、プトレマイオスは青白く輝くシリウスを「赤く」輝く6つの恒星の1つとしている(以下の色に関する論争を参照)。他の5つの恒星はアークトゥルスベテルギウスのようなスペクトル型がM型からK型の赤色巨星を指している。

名称と文化的意義

バイエル符号における名称はα Canis Majoris、略称はα CMa。シリウスは、ギリシャ語焼き焦がすもの」「光り輝くもの」を意味する「セイリオス(Σείριος, Seirios)」に由来するが、ギリシャ語自体が、古代以前に他の場所から伝来した可能性がある。古代エジプトの神オシリスとの関連も示唆されている。シリウスの名称は紀元前7世紀頃の詩人ヘーシオドス仕事と日にて初めて記録されている。2016年国際天文学連合(IAU)は、恒星の固有名に関するワーキンググループ(Working Group on Star Names, WGSN)を組織した。2016年6月30日にワーキンググループは、Sirius をおおいぬ座α星Aの固有名として公式に承認した。

和名は大星(おおぼし)や青星(あおぼし)、英語では別名Dog Star中国語では天狼(Tiānláng (xing)) と呼ばれる。

シリウス - Wikipedia

おおいぬ座

シリウス
ボシ(青森・岩手)、ミツボシノアトボシ(広島・兵庫)、カラツキノオムシ(福井)、カナツキノオウボシ(カラスキの尾の意。京都)、ムヅラノアトボシ(岩手)、アトボシ(島根)
アオボシ(北海道・石川・青森)、アトボシ(北海道)、風星 カゼボシ(石川)、烏賊引きイカビキボシ(兵庫)、大星オオボシ(広島・香川・高知・三重)、エヌグボシ(岐阜)、雪星(埼玉)
南のイロシロ(島根)
天の主テンヌアーヂ天の主前テンヌアーヂマイ八重山)、タツァーキブシ(立上げの意。八重山
δ星 - ε星 - η星
三角サンカク(宮城)、ミボシ・サンカク(静岡)、サンカクボシ(岩手・山形・奈良)、ウロコノホシ(新島)、鞍掛けクラカケ(静岡)、倉端クラハシ(静岡)、倉の棟クラノムネ(高知)、納豆ナットウバコ(静岡)

『日本の星』197・248~256・269~270頁、『星座手帖』218~219頁

星・星座に関する方言 - Wikipedia

ソプデト

ソプデト。

ソプデト(Sopdet)あるいはセペデト(Sepedet)は、古代エジプト豊穣の女神で、尖ったもの」「鋭いものを意味する。シリウス星が神格化されたもので、古ラテン語ソティス(Sothis、「水の上の星」の意味)とも呼ばれる。ソプデト=ソティスを表す聖獣は(雌)犬(古くは牝牛)。ソプデトはイシスの化身とされる。シリウス星は「ナイルの星」、「イシスの星」として崇められた。シリウス星はヘブライ語では「シホール」(Sihor)と呼ばれた。ヒエログリフではソプデトを「△」(三角形)で表す。

概要

エジプトにおけるシリウス信仰の歴史は古く、エジプト第1王朝の時代には既に確認されている。

シリウス星は夏の代名詞であり、太陽が昇る直前に東の地平線上にシリウス星が現れるヒライアカル・ライジング時期(7月後半頃。エジプト暦(ソティス暦)の元旦)になると、ナイル川が年に一度の洪水を起こし始め、エジプトの大地に水の恵みをもたらす。そのため、洪水の時期を知らせるシリウス星であるソプデトは、肥沃の神としても崇拝された

シリウス星の出てくる方向に建てられた女神イシスの神殿では、ヒライアカル・ライジング(「heliacal」は「太陽の」「太陽に近い」「太陽と同じ頃に出る(沈む)」という意味)の朝は、太陽(太陽神ラー)とシリウス星(女神ソプデト=イシス)の光が地平線上で交じり合いながら神殿内に差し込んだと言われている。

シリウスは「明けの明星」「啓明星」さらには「太陽を呼ぶ星」「大きい方の太陽」と呼ばれた。

ソプデトの夫は「サフ」で、息子は「ソペド」(ソプドゥフ)。ソプデトはイシスの化身とされたので、サフはイシスの夫「オシリス」、ソペド(ソプドゥフ)はイシスの息子「ホルス」と対応関係にあるとされた。オリオン座(の三連星から南半分はエジプトでは「サフ」=「オシリスを表した。ソプデトはオシリスとの間に「明けの明星」を儲けたともされる。ピラミッド・テキストでは、ソプデトはラーの妹で、明けの明星」はラーの子とされる。

ソプデト - Wikipedia

Rats GOD 九鼠猫(子子)で神ヾ(╹◡╹o)ノ

 

What is it like to be a bat?

コウモリであるとはどのようなことか

コウモリであるとはどのようなことか?

コウモリであるとはどのようなことか」(英:What is it like to be a bat?)は、アメリカの哲学者トマス・ネーゲル1974年に発表した哲学の論文、および同論文を収録した書籍である。

ネーゲルはこの論文で「コウモリであるとはどのような事であるか」を問うている。コウモリがどのような主観的体験を持っているのか=「コウモリであるとはどのようなことか」という問題は、コウモリの生態や神経系の構造を調査するといった客観的・物理主義的な方法論ではたどり着くことができない事実であり、意識の主観的な性質は、科学的な客観性の中には還元することができない問題であると主張した。

この論文は、心身問題の中心が意識の主観的側面(意識の現象的側面)にあることを述べた有名な論文であり、表題の問いは、よく知られた問い、または思考実験のひとつとして、現代の心の哲学者たちの間でしばしば議論に上る。

概要

この問いに関する一つの留意点は、ネーゲルが問うているのは「コウモリにとって、コウモリであるとはどのようなことか」という点である。つまり、この問いは人間が、たとえばあなたが、人間としての脳(人間の思考回路、本能)だけを保ったまま、コウモリの体を得て、コウモリの暮らし振りをした場合にどう感じるか、を問うているのではない。

もし、あなたが人間としての脳だけを保ったまま、コウモリの体でもってコウモリの生活をしてみたのなら「空を飛ぶことは怖い。けれどちょっぴり楽しい」とか、「昆虫を食べるだなんて気持ちが悪い。でも食べなきゃ死んじゃう」とか、「洞窟の天井にぶら下がって眠るなんて変な眠り方だ。落っこちないかな」などと思い至ることだろう。しかし、ネーゲルが問うているのは、そうした人がコウモリになった場合の感情や印象、世界の捉え方ということではなくコウモリにとって、コウモリであるとはどのようなことか」である。つまり、コウモリの体とコウモリの脳を持った生物が、どのように世界を感じているのか、である。

コウモリは反射した超音波に依って餌や壁を把握する

コウモリの特質から、コウモリは口から超音波を発し、その反響音をもとに周囲の状態を把握している(反響定位)。コウモリは、この反響音をいったい「見える」ようにして感じ取るのか、それとも「聞こえる」ようにして感じ取るのか、または全く違ったふうに感じているのか(ひょっとすると何ひとつ感じていないかも知れない)。ネーゲルが問うているのは、こうしたコウモリ自身の主観的経験である。このようにコウモリの感じ方、といったことを問うこと自体は容易にして可能ではある。しかし結局のところ我々はその答え「コウモリであるとはどのようなことか」を知る術は持ってはいない、とネーゲルは言う。

ネーゲルが対象とする動物としてコウモリを選んだのには、コウモリが哺乳類に属しており、系統樹の中である程度人間に近い位置にある生物であること。とはいえ同時に、翼があったり超音波で周囲の状況を把握したりと、運動器官や感覚器官に関して人間とは距離のある生物であるため、としている。つまりあまり人間に近い生物だと問題を鮮やかに示すのが難しく、かといってこれ以上系統樹を下って進んでいく(たとえばハチアリまで行くと)、そもそもそこに意識体験があるのかどうか疑念が出てくるという難点がある。そこでコウモリという中間的な距離の生物を選んだ、としている。

この論文が持った重要な影響の一つとしては、意識の主観性の定義として「…であるとはどのようなことか(What is it like to be ...)」という表現を用いた方法を有名にしたことがある。以下、論文の序盤でネーゲルが主観的な意識体験として意識を定義している部分の文章である。

おそらく意識体験は、宇宙全体にわたって他の太陽系の他の諸々の惑星上に、われわれにはまったく想像もつかないような無数の形態をとって生じているのである。しかし、その形態がどれほど多様であろうとも、ある生物がおよそ意識体験を持つという事実の意味は一定であり、それは根本的には、その生物であることはそのようにあることであるようなその何かが存在する、という意味なのである。意識体験という形態には、これ以上の意味が含まれているかもしれない。生物の行動に関する意味さえ(私には疑わしく思われるのだが)含まれているかもしれない。

しかし根本的には、ある生物が意識をともなう心的諸状態をもつのは、その生物であることはそのようにあることであるようなその何かが―しかもその生物にとってそのようにあることであるようなその何かが―存在している場合であり、またその場合だけなのである。

— トマス・ネーゲル 「コウモリであるとはどのようなことか」(1974年) / 永井均訳 (1989年、p.260)

コウモリであるとはどのようなことか - Wikipedia

What is it like to be a human? (╹д╹;)

 

Oswald Chesterfield Cobblepot

オオウミガラス 

オオウミガラス
Keulemans-GreatAuk.jpg
分類
: 動物界Animalia
: 脊索動物門Chordata
亜門 : 脊椎動物亜門Vertebrata
: 鳥綱Aves
: チドリ目Charadriiformes
亜目 : ウミスズメ亜目 Alcae
: ウミスズメ科Alcidae
: オオウミガラス属 Pinguinus
(オオハシウミガラス属 Alca)
: オオウミガラス
P. impennis
A. impennis
学名
Pinguinus impennis(Linnaeus1758)
Alca impennisLinnaeus1758
英名
Great Auk
Garefowl

オオウミガラス大海Pinguinus impennis) は、チドリ目・ウミスズメ科に分類される海鳥の一種。かつて北大西洋北極海に分布していたが、乱獲が主原因で1840年代または1850年代頃に絶滅した。

分類

分類上ではピエール・ジョセフ・ボナテール1791年に創設したオオウミガラス属 PinguinusBonnaterre, 1791 唯一の種とされるが、オオハシウミガラスと非常に近縁であることは広く認められており、リンネが1758年に命名したままオオハシウミガラス属 AlcaLinnaeus, 1758に組みこんで Alca impennis とする見解もある。

形態

全長約80cm、体重5kgに達する大型の海鳥で、ウミスズメ類の中では抜きん出て体が大きな種類だった。腹の羽毛は白く、頭部から背中の羽毛はつやのある黒色だったが、くちばしと目の間に大きな白い斑点が1つあった。また、若鳥は首が白黒のまだら模様だった。くちばしが大きく、横に数本の溝があった。翼は短く、長さ20cmほどで、飛ぶことができなかった。脚は黒くて短く、極端に尾の近くに寄っていた。

分布

ニューファンドランド島からグリーンランドアイスランドアイルランドイギリススカンジナビア半島北岸までの北大西洋北極海に分布し、群れを作って生活した。

生態

海中に潜水してイカナゴなどの魚類やイカを捕食した。外見も動作もペンギンに似て、水中では短い翼と脚を使って高速で泳ぐことができたが、陸上では体を立ててよちよちと歩いた。人間に対する警戒心もなかったといわれる。

繁殖期は6月頃で、島嶼部の断崖に上陸し、1個の卵を岩肌の上に直に産んだ。は長径13cm、重さ400gもある大きなもので、黄白色の地に黒い斑点やすじがあった。また、ウミガラスなどと同様に一端が尖ったセイヨウナシ型で、断崖から落ちにくい形状だった。卵は両親が交代で抱卵し、孵化までには6週間から7週間もかかった。

ペンギンと同様、非常に親子の信頼関係も強かったとされ、一説には子供を背中に乗せた親鳥が魚のいるポイントまで子供を連れて行ったと言った目撃例もあるといわれる。また、ペンギンのように親が魚を取り、それを吐き出してヒナに与えていた、とされる説もあるが、それを疑問視する声もある。

なぜ北半球に住んでいたオオウミガラス南半球に住むペンギンここまで類似した生活形態を取っていたのかは詳しく解明されていない

名称の由来

属名"Pinguinus"の通り、本来はこの鳥が「ペンギン」だった。古くからウェールズブルターニュの人々はこの鳥を"Pen-gwyn"と呼んでいた。この語は古代ケルト語白い頭を意味し、頭の白い斑点に由来した呼称である。また、ラテン語では"Pinguis"が脂肪を意味し、呼称はこれに由来するという説もある。後に南半球オオウミガラスに似た鳥が次々と見つかり「南極ペンギン」と呼ばれたが、本家ペンギンであるオオウミガラスが絶滅した今となっては、それらが単に「ペンギン」と言われるようになっている。(レトロニムと逆の例)

また、古ノルド語では"Geirfugl"と呼ばれ、各言語でこれに由来する呼称がある。英語にも"Great Auk"の他に"Garefowl"という呼称がある。

絶滅への経緯

オオウミガラスは、肉や卵を食用にするため、または、羽毛脂肪を採取するために、少なくとも8世紀頃から捕獲利用されていた。小氷期によって個体数減少があったとも考えられているが、その後の大規模な乱獲により、数百万羽いたとされるオオウミガラスはたちまちのうちに数を減らすことになった。オオウミガラスは人間に対する恐怖心がなく逆に好奇心を持って自ら人間に近寄ってきたといわれる。また、1年に1個しか産卵せず繁殖力が低かったことも、減少した個体数の回復が望めず、絶滅に繋がったと考えられている

1534年フランス探検家ジャック・カルティエの隊がニューファンドランド島に上陸し、1日で1000羽以上のオオウミガラスを殺したこの話がヨーロッパ中に広がって、ニューファンドランド島のみならず各地の海岸で無秩序にオオウミガラスが狩られ、卵が持ち去られることとなった。1750年頃には北大西洋各地にわずかな繁殖地が残るだけとなったが、それでも乱獲が続いた。

1820年頃、遂にオオウミガラスの繁殖地はアイスランド沖のウミガラス岩礁Geirfuglasker)だけになった。この島は周囲を崖で囲まれていたため人が近づくことができず、繁殖地はかろうじて捕獲の手から守られていた。しかし、1830年海底火山噴火にともなう地震により、岩礁は海に沈んだ。この災害から生き残った50羽ほどが、近くのエルデイEldey)という岩礁に移り住んだ。

オオウミガラスの剥製

最後の繁殖地が天災により失われたことによりオオウミガラスはこの時点で既に絶滅寸前であったが、そのため却って希少価値がつき、標本は収集家博物館に高値で買われるようになり、一攫千金を狙った者たちによって残ったオオウミガラスも次々と狩られていった。1844年7月3日、エルデイで最後に確認されたオオウミガラスの生体は抱卵中のつがいだったが、発見と同時に発見者に1羽は棍棒で殴り殺され、もう1羽は絞め殺された。残された卵は殻が割れてしまっていたという。

その後、国際自然保護連合(IUCN)のレッドリストにも掲載されている1852年ニューファンドランド島グランドバンクでの目撃例など、目撃証言もいくつかあるが、現在では80体余りの剥製、20体余りの骨格標本と70個余りの卵殻が知られるのみである。

Sibley分類体系上の位置

コウノトリ目>チドリ亜目>チドリ下目>チドリ小目>カモメ上科>カモメ科>ウミスズメ亜科

保護上の位置づけ

オオウミガラス - Wikipedia

ペンギノン

ペンギノン

ペンギノンの平面構造式

識別情報
特性
化学式 C10H14O
モル質量 150.22 g mol−1
特記なき場合、データは常温 (25 °C)・常圧(100 kPa) におけるものである。

ペンギノンpenguinone)は分子式 C10H14O で表される有機化合物である。平面構造式がペンギンに似ていることから名付けられた。

接尾辞 'one' (オン)はこの分子がケトンの一種、すなわち炭素原子と酸素原子の間に二重結合を持つ化合物であることを示している。IUPAC組織名は 3,4,4,5-テトラメチルシクロヘキサ-2,5-ジエノンである。

ペンギノンはジエノン-フェノール転位の基質となるべき環状ジエノン骨格を有するが、3,5位のメチル基が4位のメチル基の転位を阻害するため、トリフルオロ酢酸を作用させてもフェノールには変わらない(ジエノン-フェノール転位を起こさない)。

ペンギノン - Wikipedia

「ペンギン」の語源

ラテン語

ラテン語の pinguis肥満によるという仮説。15世紀後半以降、大西洋を横断したスペインタラ漁師が、北西大西洋ニューファンドランド島周辺に生息する飛べない潜水性の海鳥であるオオウミガラススペイン語で penguigo太っちょと呼んだ。16世紀にこの語が英語に入って penguin となったとする。

時を同じくして、南半球を探検しペンギンを初めて見たヨーロッパ人は、オオウミガラスに良く似た形態・生態のこれらの海鳥を同じ「ペンギン」の名でよんだという。これらは特に区別せず「ペンギン」と総称され、混同されることも多かった。

ウェールズ語

古代ウェールズ語の pen gwyn白い頭に由来し、オオウミガラス(頭部が白い)を指す語として12世紀ごろから使われていたという仮説。しかし、一次史料は現存せず、疑問視されることもある。

オオウミガラスの絶滅

語源的には「ペンギン」はオオウミガラスに由来した。しかし、当時(16世紀以前)の人々がオオウミガラスとペンギンを峻別していたわけではなく、オオウミガラスと(南の)ペンギンが「ペンギン」と呼ばれるようになったのはほとんど同時期である。

南半球の探検が進み、南のペンギンの研究・利用が増える一方、オオウミガラスは乱獲により17世紀ごろから激減し、18世紀には猟が商業的に成り立たなくなり、1844年には絶滅した。これにともない、「ペンギン」は南のペンギンを指すことが徐々に多くなり、ついには完全に南のペンギンのみを指すようになった。

ペンギン - Wikipedia

The Gentleman Of Crime

Who is the real criminal? (TдT)